読書

自然は変わらないが、人の欲望はもっと変わらない

先日、白馬岳の帰りがけに蓮華温泉を訪れたら、蓮華温泉ロッジの廊下に、日本アルプスの紹介者にして日本に近代登山を導入した人物であるウォルター・ウェストンの写真と、彼がこの地を訪れたことを紹介する一文が掲げてあった。ウェストンは、19世紀後半の…

岩崎夏海著『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』は、いま本屋さんに行くと必ず人目に触れる場所に並べられており、どうやら相当売れているらしい。舞台は東京の進学校野球部。練習に取り組む部員もまばらな万年負けチームの女…

電子書籍をめぐるイデオロギーの発露は感心しない

佐々木俊尚著『電子書籍の衝撃』には教えられるところは少なくなかったが、この本で語られているイデオロギーには納得できなかった。 佐々木さんは、(一部の)出版関係者が電子書籍の流れを批判し、グーグルはいいとこどりだと批判し、「自分たちが出版文化…

村上春樹週間

一週間のあいだ、『1Q84』三昧。おかげで、いくつかの「ねばならない」仕事が後回しになってしまった。Mさん、ごめんなさい。 とにもかくにも、Book1に始まり、今度のbook3に至るまで、わくわくどきどきを重ながらページを繰る時間を過ごせたのは間違いない…

酔っぱらいブログ

紙だ、アナログだ、デジタルだ、iPadだ、Kindleだとかまびすしいが、なんだっていいじゃないか、端末なんて。と思いつつも、iPhoneで本を読んでみると、環境がスタイルを規定するのは真だねえと改めて納得のも事実である。佐々木俊尚著『電子書籍の衝撃」は…

記号消費の時代が終わりつつあるのか

いま、佐々木俊尚さんの電子書籍『電子書籍の衝撃』をiPhoneの小さな画面で読んでいる。5章立ての作品の真ん中辺りに相当する第3章にさしかかっているところだが、そこで縷々説明をされているのが、記号消費の時代が終わり、マスメディアが機能しなくなり、…

夢の通路

系統的な読書はしたことがないけれど、子供の頃にはすでに人気作家の地位にあった筒井康隆は、人並みに、それなりに、読んだ。この人の作品の中には、長編の『夢の木坂分岐点』、短編だと『遠い座敷』や『エロチック街道』など、明らかに夢からモチーフを借…

大江健三郎著『水死』

大江健三郎の最新長編小説『水死』が刊行された。今度の長編は、大江さん自身が「レイト・ワーク」と呼ぶ連作風小説群の最後の作品と位置づけられており、著者最後の長編と銘打たれている。もっともノーベル賞受賞後に『燃えあがる緑の木』を最後の小説にす…

ハウツー本の時代

あらゆる分野の本を陳列している大きいお店は別にして、例えば私の住んでいる街の駅にあるような中くらいの規模の本屋さん、あるいはそれ以下の本屋さんを徘徊していると、なんだか複雑な気分になります。かつては、本屋さんって、もっと夢のある場所だった…

iPhoneを買ってからというもの

一昨年の12月にiPhoneを買ってからというもの、読書の量があからさまに減りました。私の読書は、通勤の行き帰りにかなりの量を読み、その続きを寝る前に少々、というスタイルだったのですが、胴体がなくなると続きもないわけです。iPhoneでかちゃかちゃとWeb…

ジョン・グリシャム著『奇跡のタッチダウン』

赤ワインで良い気持ちになりながら、ジョン・グリシャムの小説を読んでいる。『奇跡のタッチダウン』という、なんと評したらよいかと言いたくなる野暮な邦題をつけた作品である。奥付によると2008年10月の刊行。こんな作品が発表されていたのはまったく知ら…

紋切り型の表現

新聞や雑誌を文章を読んでいると、書かれている意味内容と同時にレトリックが気になる。ネガティブな方向に気になるのは、紋切り型の表現を安易に使っているケースで、自分もよくやる間違いではあるが、たとえば、次のようなケースがそれに当たる。 米国時間…

田口ランディ『モザイク』

奥付を見ると田口ランディの『モザイク』は2001年に出た小説だから、それから8年が経っている。遅れてきた読書の記録は、相手が古典的名作でもない限り、やはりどこか間の抜けていて、個人のブログぐらいでしか扱う媒体はないなと思ってしまう。この感情はど…

セイジ

先週末の日曜日、新宿の中古CD屋に入ったら、モーツァルトの交響曲第40番の終楽章が鳴っていた。とてもいい。均整がとれていて、ケアが行き届いた筋肉がきびきびと動くのを見るような演奏。録音がいいから最近の演奏に違いない。誰の演奏だろうとカウンター…

ハルキさんの直感力

昨日の話の続きである。下川さんとの宴は、話がどこからどう流れたのか、もう定かではないのだけれど、村上春樹の話題になった。下川さんは、ハルキさんと実年齢では同じか、ひとつ違いかという関係で、学校も同じ。デビュー前の彼が都心で商っていた飲食店…

わいわい2周年の春樹談義

金城さんが主宰するわいわいがめでたく2周年を迎えたので、お祝いに出かける。開始時間を過ぎていたのに、珍しく主宰者がまだ会場には到着しておらず、せるげいさん(id:sergejO)と某国大使館員のSさんとの雑談にまっすぐ突入。ビールを注文する間もあらばこ…

岡田暁生著『音楽の聴き方』

京都大学の先生で音楽評論家である岡田暁生さんによる中公新書の一冊である。 セール用に巻かれた本書の派手な黄色の帯には「「お好きなように」と言われてもお困りのあなたに」と明朝体で大書されている。しかし、読んでみると、実際にこの本が読者として選…

映画、芥川賞、選挙

『サマーウォーズ』を観ようかと映画館の前までいったら、上映時間を間違えていて、次の回を待つとかなり遅い時間帯になってしまう。仕方ないから代わりに何か観ていくかと看板を見回したが、少し気持ちが動いたのは『HACHI』ぐらいで、けっきょくやめてしま…

『時をかける少女』、ゴルトベルク変奏曲など

一昨日、帰宅してテレビのスイッチをひねったら細田守監督の劇場用アニメ『時をかける少女』を放映していた。まだ、始まってすぐの時間帯だった。じっと見たり、画面を離れて皿洗いをしたり。少し経った頃に大学生の娘が帰ってきて、テレビの画面に目をやる…

シベリウスとブルックナー

『シベリウス−写真でたどる生涯』という彼の伝記本を読んだ。若い頃、ベルリンに留学したことは聞き知っていたが、その後、短期間ウィーンにも行っていたことは知らなかった。一般人が読むレベルでのシベリウスの情報は、それほど多くない。Wikipediaの日本…

村上春樹著『スプートニクの恋人』

僕は『風の歌を聴け』の新聞広告を鮮明に覚えている古い部類の村上春樹ファンで、普通に単行本で読める小説はだいたい読んでいるが、1999年に出された『スプートニクの恋人』だけは、ちょうど外国生活を切り上げて日本に戻る時期に刊行されたことも手伝って…

宮下誠著『カラヤンがクラシックを殺した』

素敵な音楽を奏でて大衆をうっとりさせ、その結果として巨万の富を築いて自信満々で生きる人生なんて糞食らえだ、という古典的アンチ・カラヤン本を読んだ。昔からカラヤン嫌いがやっていた議論の焼き直しなのだが、それをいま気がついたようにカラヤン生誕1…

野良猫の本の話

野良猫の本を読んだ。自分の勤め先でつくった本だが、企画されたのは僕がいまの職場に勤めるかなり前のことで、どんな内容の本なのかまるで知らなかった。薄い本だし、軽いエッセイだろうと思っていた。しかし、読んでみると、これがなかなか読み応えがある…

翻訳者の技

翻訳者は上手に事を運ぶ。ある言語と別の言語とをつなぐ際に、受け取る側の社会や文化のありように照らし、読者に受け入れられる言葉を探していく。 とくに話し言葉には、その傾向が強く表れるように思う。 昨日取り上げた『46年目の光』にこんな表現があっ…

R.カーソン著『46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生』

このノンフィクションの主人公、マイク・メイは、46歳のアメリカ人ビジネスマン。二人の息子の父親にして、シリコンバレーでGPSを活用した盲人向けの誘導システムを個人や公共組織に売り込む会社を経営している。若い頃から動き回るのが大好きで何にでもチャ…

プロパガンダと真実

数日の間、『9・11生死を分けた102分 崩壊する超高層ビル内部からの驚くべき証言』という本を読んでいた。ワールド・トレード・センターの事件の記録本である。2005年9月に日本版が出ており、つまり4年も経っているので旧聞もいいところだが、「9.11」は野次…

村上春樹をめぐる日記風文章

昨夕は友人二人と電子メールで懇談を少々。村上春樹読みのmさんとは『1Q84』をめぐって何度かメッセージが往復する。『1Q84』については、先日の津田沼でもhayakarさん(id:hayakar)さんと話題になった。ものの5分にも満たない、おそらく2、3分の…

「decentな」村上春樹

『1Q84』の中には、全編にわたり暴力と性のエピソードがこれでもかとばかりにちりばめられている。作者が村上春樹でなければ、陰惨な影に覆われて読むのが辛い小説に仕上がっているはずだが、書いたのがハルキさんだとそうはならない。これは、端的にい…

ブルックナーを聴くように村上春樹を読む

村上春樹の小説はアントン・ブルックナーの交響曲のようだ。という感想は、ほぼこの一年ほど、彼の第4番の交響曲ばかり聴いて過ごすということをしており、折りにつれ、この大作曲家のことを考えているから出てくるのだけれど、新作『1Q84』が、そうした…

『1Q84』を読み終わる

とりあえず、『1Q84』を読み終わる。報道によると、上下巻あわせ、二週間足らずですでに100万部が売れたという。金曜日にBook2(下巻)を買おうと思ったら、我が家の最寄り駅にある本屋さんは欠品状態で、「申し訳ありませんが、『1Q84』は品切れです…