場所を選ぶことは重要だ

ふたたび井伏鱒二の『山椒魚』の話ですけれど、岩屋の中に閉じこめられた山椒魚は次第に「よくない性質を帯びてくるらしかった」と書かれています。おそらく、インテリの山椒魚でなくても、自我を備えた生き物はほぼ例外なくそうで、「ここは自分のいる場所ではない」「自分は閉じこめられて動けない」と考える境遇にあると、「よくない性質」を帯びてくるようです。山椒魚のように他人に害悪を及ぼさないと気が済まなくなったり、自嘲だけが習い性になったり、立ち上がる前にうずくまることを考えるようになったり。

だから、生きる場所を選ぶことはとても重要だと思います。案外、空気のよい場所にいれば、欲のない人ならそれだけで幸せを味わえるものです。それじゃつまらない、それじゃ駄目だ、という向上心のある方とはまた別の話題をすることにして、もしあなたがいる場所を間違えていると心の底から思ったならば動くのが一番だと思います。

随分前に同じことを書きましたけれど、吉本隆明が「もし今就職するとどんな会社に勤めたいですか」といったインタビューに答えて「きれいなオフィスの会社に」に答えていたのを読んで、びっくりしたことがありました。ヘーゲルマルクスなどを読んできた吉本さんらしいロジックとレトリックですけれど、案外そういうものなのかもしれないと思ったりもします。仕組みがきれいな会社、いわゆる風通しのよい会社、社員を大切にする会社がいい会社であることは言を待たないとして、そういうものは目で外からは見えません。吉本はそれがオフィスを見れば見える部分があるのではないか、と刺激的な仮説の提起をしているわけですけれど、実感に叶う部分もあります。もちろん反証を見つけるのは難しくない。むしろ、そんな風にしなやかに問題提起をする力、言ってしまう覚悟みたいなものがすごいなあとあらためて感じる今日この頃です。