さらば大企業

佐藤優著『国家の罠』の中に「好きなこととできることは違う」というフレーズを見つけて、その話を枕に一昨日のエントリーを書いた。そうしたら、その後も仕事の合間にゆっくりと読み進めている同書の後半に、また同じフレーズが繰り返されているのを見つけた。佐藤さんが取り調べを受けている検察官に対して語る言葉の中にそれはあった。

「もう、いやなんです。この仕事が。実を言うと以前からやめたいと思っていました。好きなこととできることは違います。そのことは鈴木さんにも話していました。特殊情報は僕の好きな仕事ではありません。ほんとうにやりたいのは、学生時代からやり残している中世の研究なので、アカデミズムに戻りたいと考えています。」

(「第四章「国策捜査」開始」より)


正月明けから別の会社に勤めることになった。まこと「好きなこと」と「できること」は違う。情報処理の技術や開発の知識や、それらに対する興味が皆無の僕が今勤めているIT企業にやとってもらったのは、人生の進み行きの中ではいくらでもある偶然のひとつである。正直なところ、出社一日目にして「ここは自分がいる場所ではない」と思い、どうやら次を考える必要があると悟った、なんともおめでたいワタクシであるが、兎にも角にも6年以上も勤めることができるとはそのときには予想だにもしなかった。直前の転職で失敗をした結果としての再転職だったこともあり、「そうは言っても“石の上にも三年”、ある程度の期間はしっかり勤めよう」という思いがあったことは事実だが、出来上がった大企業は3年で理解はできても、そんな短期間に仕事のフィールドをしっかりつくるのは並大抵のことではない。「好きなこと」は封印して、小さくても「できること」に集中して、なんとか居場所を確保する。そんな意識でえんやこらとやってきた。それがやっと成果として形になってきて、自分でも居心地のよい状態を作り出せるようになってきたなと思い始めたこの1,2年。慣れると大企業には懐の深いところがあり、なんだかんだ言ってもかなり居心地はいい。それを実感し始めた時期でもあり、このまま惰性と慣性とで定年まで勤め上げる手もなくはないと考え始めてもいた。「できること」を一生懸命やる、そのなかで「好きなこと」を作っていくのも一つの人生ではないかという思いを抱きながら。

それがまた、思わぬ偶然で新しい機会をもらうことになり、四十代後半で新しい仕事に就くことになってしまった。行き先は従業員数百人以下の中小企業。勤めが始まったら、今度は勤め先も明らかにし、茂木健一郎さんが『フューチャリスト宣言』の中で語っていたブログの名刺化をもう一歩進めるつもりでいるが、それはまた新年の声を聴いて、正式に勤めはじめてからの話。会社組織に正社員として雇ってもらう機会はこれが最後だろうから、二度と大企業の名刺を差し出すことはないはずだ。今度の勤め先でも「好きなこと」と「できること」を天秤にかけながら、また「自分がやりたいこと」と「会社にとって貢献できること」とのバランスを考えながら、さらには「自分に対する貢献」と「社会に対する貢献」を心のどこかで意識しながら、少しずつ地歩を築いていかなければならない。まったく、歳を重ねてもまるで成熟には縁がない奴である。

というわけで、さらば大企業。