『メディア・コンバージェンス2007』

アウトロジックの杉本幸太郎さんが著者の一人として名を連ねる『メディア・コンバージェンス2007』が出版された。

我が国のICT産業の動きを報告する産業動向もの。視点は産業・ビジネスの側面に置かれており、技術の進歩がもたらす情報通信産業の変動を表題のとおり"コンバージェンス'(融合)"というキーワードに即して描き出すことを意図している。


メディア・コンバージェンス2007

メディア・コンバージェンス2007


同書では記述の対象とする産業の広がりを"情報ネットワーク産業"という造語で規定する。この言葉の中に含まれているのは3つの産業分野、すなわち「情報・コンテンツ・サービス」「ネットワーク」「端末・情報機器」だ。
そもそも「融合」という用語がこの世界で語られる契機となったのは「通信と放送の融合」という事件だ。さらに遡れば80年代前半に世界規模で進行した電気通信事業民営化の流れがその先駆けとなっている。
異なる伝送路、事業主体、端末、規制の枠組みを持った通信と放送という二つの事業分野に、技術の発展による伝送路と端末の共用というインフラレベルの融合の可能性が生じる。ケーブルテレビで検針などの通信サービスができるようになる。如何に公共の利益の最大化という公益事業的要請を維持しながら、産業としての両者の健全な活性化を図るか。そうした公益事業論的な視点が、「融合」論を形作ってきた。


したがって、そもそも「融合」を語るという出発点からして、同書の問題把握のスタンスは、電気通信事業者監督官庁のそれと近いものがある。放送以外のコンテンツ事業者や端末・情報機器ベンダー(そもそも端末機器という言葉遣いが電気通信行政の流れを汲んでいる)の視座からすれば、現在起こっている事態を情報通信サービスの高度化に伴う市場拡張、新サービス開拓の機会と捉えても、必ずしもそれを「融合」というタームで捉える必然性もメンタリティも薄いはずだ。実は、これが本書の記述スタイルの特徴であり、その意味で読者を選ぶとは言えるだろう。白書的と言えばいいか。そうした類の資料を必要とする人にぴったりの内容だ。

しかし、本書の中で丁寧に語られているとおり、現在進展しているこの「融合」は、規制の枠組みが大きく自由化され、安価で使いやすくなった通信サービスやパソコン、携帯電話の存在を前提にしたサービス競争の結果として立ち現れる。その点で、如何に産業の土俵を作るかを議論したかつての融合論と、様々に表れているサービス、事業展開の諸相を事業者の目線で語る本書の融合論が同じものではないのは言うまでもない。


記述内容は我が国における産業の現状、最近の注目すべきトピック、現在起こっているサービス開発の動向など、この分野を概観したい産業人にとって押さえておきたい話題をきちんと描いており、リファレンスブックとしての価値は高い。とくに今日のインターネットサービスを支えるISPのインフラとコスト構造など、ごく当たり前に使いながら当該業界の者以外なかなか知ることができないインターネットをめぐるエコノミクスの記述は、多くの読者が重宝するはずだ。


白書的な記述スタイルの本書は、「こうやればうまくいく」といった類のハウツーもののビジネス書ではないが、「コンテンツ」「ネットワーク」「端末」という分析概念(加えて「プラットフォーム」という概念も必要に応じて利用している)を使って、携帯電話によるコンテンツサービス、インターネットによるコンテンツサービスなどといった新種のサービスの特徴を分かりやすく描くことに成功しており、この分野のビジネスに関係している人が丹念に読めば、凡百のハウツー本を凌ぐ考えるヒントが得られるだろう。


一方で本書は、私作る人(企業)と私使う人(消費者)という伝統的、当たり前の生産・消費の枠組みを崩さないオーソドックスな作りなっており、その点に不満を抱く人達はいるかもしれない。Web2.0ブームとは別のところで画を描いてみますといったクラシックで堅実な態度。YouTubeやグーグルの記述はあるものの、それらのサービスはWeb2.0本のような意味を付与されない。そのことに加えてデータ本としての実務的な一冊という側面が、物語としての面白みを消し去っている感は否めない。杉本さんはそういうことができる人だと僕は知っているので、もっとお話に傾いたつくりにしてもよかったような気はする。