名和小太郎著『著作権2.0』

勤め先で一月ほど前に出した本で、とくに話題にもなっていないが、これはビジネス書としてすばらしい一冊。ITビジネスにかかわる多くの方にお勧めしたい。

現在、国際的な著作権のあり方を基礎付けている国際条約であるベルヌ条約が、その制定当時に存在した、どのような社会情勢、技術の状況、メディアをめぐる需給の関係を基にできあがったものか、19世紀の状況に適合するように定められた著作権をめぐる考え方が、現在においては如何に時代遅れであり、目下のメディア需給環境に適合しないものであるかを、平易な表現で整理し、「新しい革袋(=新たな著作権)」の必要性を明らかにした本である。

メディアを規定する技術があり、それをビジネスとして供給する者がおり、メディアを消費したい消費者がいる。時代が移り、技術が変化し進化するのを受けて、ビジネスの形態は変化し、同時に消費する側の欲望も変わる。そうであれば、アーチストやクリエイターの労苦の結晶である著作物をめぐる権利保護のあり方も、当然時代の流れに合わせて最適解を探すべきなのに、現在の著作権は19世紀を引きずっており、それが不都合をさまざまなところで招いている。

これがこの本を書いた著者の基本的なパースペクティブであり、現状認識である。そんな認識もつ著者が、こんな問題設定を行い、自身の知識と見解をもってこれからのメディア産業をめぐる技術と法律の関係を論じている。


著作権を強化することによって、著作者と著作権ビジネスとを活性化することができるか?
著作権を強化することによって、著作物に対する海賊行為を抑止することができるか?・著作権を強化することによって、著作物の有効利用を減少することにならないか?
著作権を強化することによって、誰かのもつ表現の自由を抑圧することにならないか? 誰かのもつプライバシーを侵害することはないか?


このように書くと、素人には文字面にこだわる法律論が展開されているのではないかと身構えたり突き放したりしてしまいそうだが、この本はそういう本ではない。著者は技術者であり、実ビジネスとの関わりのなかでこうした権利の問題を長く考えてきた方で、本書ではグーグルのブック検索やファイル交換ソフト、電子ジャーナルなど具体的なITサービスをとりあげ、それらのサービスの特性が消費者の行動とそれまで存在していた業界構造にどのような影響をもたらしたのか、そのダイナミズムの変化を明らかにしている点にこの本の面白さはある。少なくとも私のような法律の門外漢にとっては、知識社会でビジネスを行う際、とくに商品開発をしようとする際に、どんな風に頭を使えばよいのかを考えるケースと解説の本として興味深く読める。

その辺りの実例をいい加減に引っこ抜いてみるが、たとえば電子ジャーナルのオープン化を論じた第9章。電子化に先立って学術系の仕事に商用出版社が参入した状況を紹介した下りは次のような文章が用意されている。

この論文数の増大に学会という自主的な組織は能力的に対応できなくなった。ここに事業機会を見つけたのが、商業的な出版社であった。商業出版社の学術ジャーナル分野への参入は、伝統的な出版ビジネスに奇妙な歪みを持ち込んだ。
奇妙な歪みとは何か。第一に、書き手は過剰であり読み手は過少であるという特性、つまり供給が需要を上回るという特性である。にもかかわらず、第二に、その供給を抑制できない、という特性がある。第三に、論文は汎用品(第3章)の性格をもたない。どんな論文も独自の選手性をもち、これを他の論文によって代替することはできないから。

私などは、こうした記述を読むとわくわくしてしまうが、たぶん同じように感じる方はいらっしゃるはずで、そうした方々に手にとって頂ければと思う。どうもタイトルで損をしてしまった感があるが、IT業界、とくにメディア関連でサービス開発や経営企画に携わっているようなビジネスマンにこそお勧めの本である。選書のシリーズの一冊で、全体は軽い文章でまとめられていて読みやすい。