kindleの「印税」70%騒動の一端は「印税」の解釈違い?

電子書籍に対する急激な関心の高まりには「アマゾンがアメリカでやっている電子書籍のスキームは販売価格の70%を著者に還元すると言っている。現行の紙の書籍では10%なのが電子書籍になれば70%! こりゃおいしい!」という著者やその予備軍の皮算用が大きい心理的なエンジンになっている観がある。これに対し、田代真人さんは『電子書籍元年』で「7割もらえるといっても、経費を考えると著者の手元に残るのはいまと同じか、それ以下になりかねないよ」と、いくつかの発行条件を前提に収支シナリオを検討してみせている。現実の数字は出版社の構造やビジネスの実態に応じて微妙に異なるだろうが、「そのとおり」とつぶやくか、「当たらずとも遠からず」と語るかはさておいて、実態を知っている人にとって、田代さんの記述にはほとんど異論のないはずだ。そうした冷静な分析を含め、この本はベテラン出版人の本音や直感も大変参考になり、電子書籍ビジネスに関心がある人にとって読んで損しない一冊になっていると思う。

ところで、ウハウハ70%としみったれ10%。そもそも、なぜこうした異なる数字、間違った印象が出てきたのかと考えると、どうやら「印税」という言葉の解釈違いに一つの大きな原因がありそうだ。アメリカと日本では実体的に著作権者が誰かが異なっているのである。法律の専門家や翻訳出版の実務関係者以外の人はたとえ出版業界の人でも知らない人が多いので、日本の著者が「copyright holderに70%のloyaltyを渡します」というアマゾンのプレスリリースや報道を読んで、「“著者”が7割もらえる」と思ったとしても非難したり、笑ったりすることはできない。でも、彼らの発表が意味するところを実態に即して意訳するならば、その発表は「“出版社”が7割もらえる」と言っているのだということは書いておいてもよいかなと思った。

山本隆司著『アメリ著作権法の基礎知識』という本を読むと、「著者」という日本語が相当するのは「author」、アマゾンが「あーげる!」といっている相手は「copyright holder」で、これは日本語では「著作権者」である。では、著作権者って実際には誰なのかといえば、それは作品を書いた著者か、その著者から出版契約によって著作権の独占的使用許諾を受けている出版社なのだ。

1976年著作権法においては、以下のとおり、独占的使用許諾を受けた者(exclusive licensee)(「独占的使用許諾者」)も「著作権者」として扱われ、独占的使用許諾も「著作権の移転」として扱われる。
山本隆司著『アメリ著作権法の基礎知識』p180)

ところが日本の出版社は著作権の独占的使用許諾を著者からもらっているわけではなく、出版権を設定するという方法をとっている。この出版権というのは、著作権法にはあくまで紙の本を頒布する権利ですよと書いているので、昨年のグーグル書籍検索和解騒動のときにアメリカの文書の解釈をめぐってあーでもない、こーでもないとたいへんなことになった。それはさておき、グーグル同様、アメリカの文化、規範、商習慣にのっとって動いているアマゾンさんは「出版社に7割戻すよ」と言ったに過ぎなくて、それを「著者が7割もらえる」と書いていると勘違いした日本でへんな期待が生じたのであり、そこに書かれている「loyalty」を「印税」(=著者の取り分)と訳すのは一種の誤訳といってよいのではないかと思う。

ためしにアマゾンのサイトにいってみたら、キンドルの契約条件が掲載してあって、そこには一方の当事者がアマゾンで他方の当事者については「the individual or entity identified as the Publisher in the Application ("you" or "Publisher")」とはっきり書いてあった。

http://forums.digitaltextplatform.com/dtpforums/entry.jspa?externalID=2&categoryID=12


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