『記憶する住宅』に美崎薫さんを訪ねる(1/2)

そもそも…

三上さんがHASHI展を見に上京するついでに未来生活コーディネーター・美崎薫さんのご自宅に伺うことになった時には、実は僕までご一緒するつもりはなかった。どうせ、猫に小判、豚に真珠の類の話に終わるに違いないと思ったのだ。こちらのエントリーに書いたのだが、美崎さんという人は頭が良くて人並みなずれて創造的なばかりでなく、何よりも「日本で一番マメな人大賞」があったら間違いなく決勝に残りそうなきちんとしたヒトに思えた。なんといっても読んだ本、雑誌、手紙、チラシ、写真、自らのメモ、その他、彼と関わりができたあらゆる文字・画像情報をデジタルアーカイブ化し、毎日せっせとため込んでいるのが美崎さんである。彼がこの作業に着手したのは数年前だが、アーカイブ化したデータは子供の頃にまでさかのぼっている。そうやって蓄積した情報は紙にして100万枚、1.6テラバイトを超えるという。『bookscanner記』のbookscannerさんはここで敬愛を込めて「変人集団Googleに一人で立ち向かう「変人」」と呼んでいるが、まぁ、敬愛を込めるか込めないかは人それぞれながら、普通に考えると“変人”だろうな。

そんな資質的にも気質の面でも僕とは全く異なる人がせっせと家を改造し、資料をスキャンし、100万枚の画像情報のスライドショーを行っている現場に向き合っても、ずぼら組合理事のような僕にためになることもないだろう、三上さんと美崎さんの真面目な情報交換に加わるのは不真面目だろう、とそんな風に考えていたのだ。


ところが…

訪問予定日前日の午後には見事に気が変わっていた。初めて会った美崎さんの雰囲気は実にかろやかで、それが僕の気持ちを変えるきっかけとなった。思った通り美崎さんは気質も資質もぜんぜん僕とは違う人ではあったが、こういう人となら議論をしたり、おしゃべりをしたりできると会ったとたんに感じるものをこの人は持ち合わせていた。札幌から東京に飛ぶ飛行機のせいで、三上さんと僕が予定の時間から1時間遅れて待ち合わせの場所に合流したとき、ちょうど美崎さんはrairakku6さんに「SamrtWrite/SmartCalender」の使い方を説明していた。その懇切丁寧で、分かりやすくて、自然な様子を見て、美崎さん自身にも「SamrtWrite/SmartCalender」にも、パソコンを通じて接しているだけでは見えていなかったサムシングを感じてしまったのだ。


写真展の会場で他の鑑賞者の迷惑を顧みず一緒に「あーでもない、こーでもない」とおしゃべりに興じ、ハイテンションな飲み会で一緒にお酒を飲み始めた頃には、少なくとも僕はなんだか旧知の間柄どうしのような気分になっていた。というわけで、『記憶する住宅』が猫に小判である状況は何ら変わらないまま、僕は再び美崎さんの人となりに接することができるという理由で、翌日も三上さんの美崎邸探検に加わることになった。


というわけで

よく晴れた10月の暖かい朝、小田急線のとある駅に降り立つとすでに一緒に美崎さん宅を訪問するfuzzyさんは到着していた。fuzzyさん自身は、美崎さんの「SamrtWrite/SmartCalender」を如何に世の中に押し出していくかというテーマでディスカッションをしたかったみたいだが、札幌から駆けつけた三上さんを立て、この日は一歩引いて『記憶する住宅』の体験談を聞く会の一員となってくれた。

http://d.hatena.ne.jp/fuzzy2/20061029/p3


待ち合わせ時間の10時が来て、美崎さんがポロシャツとジャージ姿で僕らを迎えに出てきてくれた。買い物をすませた後に美崎さんを先頭に歩くこと数分。一度だけ交通量の多い大きめの道路を渡って学校や畑が点在する狛江市の一角を進む。僕にはゆったりとした住宅街に見えるが、三上さんは枝道を見ては「こんな狭い道は札幌にはないなあ」と驚く。それを聞いて僕はもっと驚く。

美崎さんの後ろ姿のアップ。買い物の袋と一緒に手にしている黒っぽいものは小型のデジカメ。こうして美崎さんはご近所に出かけるときにも記録のための道具は常に手放さないのだろうか。ちゃんと尋ねなかったけど、どうもそうらしい。


ついに『記憶する住宅』に到着

整然と一軒家が軒を連ねる住宅街の中に美崎さんの『記憶する住宅』はあった。この写真を見てただの建て売り住宅に見えるあなたは修行が足りない。サンダーバード国際救助隊の秘密基地も表向きは常夏のリゾート・アイランドなのだ。『記憶する住宅』がクリーム色の普通の一軒屋である深謀遠慮の意味は、もちろん凡人の僕には分からない。

玄関先には、こんな悪魔がいて「また、今日も物好きがやってきたよ」と笑っている。大いに気分を害する。

と思うまもなく、ドアの脇ではこんなご婦人にお迎えいただき、あっという間に機嫌はなおってしまう。


リビングダイニングで話を聞く

玄関にかかった赤江瀑の大きな書。その先にある一階のリビングダイニングで我々三人は美崎さんから『記憶する住宅』の話を聞いた。お互いの紹介は昨日のうちに終わっているし、ブログでのやりとりを含めるとそれなりに互いのバックグランドや興味も理解しているので、話は早い。かいがいしくお茶を入れてくれる美崎さん。


美崎さんの話を聞く三上さんとfuzzyさん。fuzzyさんは本人のご希望で登場はここまで。素敵な内装はすべて注文の品。三上さんと美崎さんの間にディスプレイが見える。その左にはオーディオなどのコントロール・パネル一式を納めたコンソールが隠れている。


陰の主役登場

話が始まるとすぐにかけつけたのがこやつ。美崎家の飼い猫「パセリ」さん。美崎さんによると、猫がケーブルを噛んで遊ぶのも「ケーブルをなくそう」と思った理由の一つだそうな。実に人なつこく、にゃあにゃあ鳴いては体をすり寄せてくるが、客がおしゃべりに夢中で相手にしてくれないのが分かると、窓際に上って高みの見物を決め込む。
たぶん、美崎さんの本の中に出てくる、屋根裏のケーブル張りを手伝わされた猫はこの子だろう。

「この方法には、ポイントがいくつかある。ひとつめは、ケーブルがいつでも外れるように、緩く首に巻きつける、ということである。
もしも、猫が天井のなかで遊び始め、ケーブルが柱に巻きついたりしたら、大変な問題が起こる。天井をすべてはずして猫を救出するようなことになりかねない。
二つ目のポイントは、起き抜けのねぼけた猫を使うことである。
元気な猫は天井内をあちこちうろつく可能性がある。起き抜けの猫ならぼけぼけしているので、あまり遊び回らないと思うからだ」
美崎薫著「デジタル空間ハウス」より)


ハードは見えないところに

邪魔なハードは床下・天井裏に隠されており、ケーブルは執拗に目に触れないところに排除されている。AV機器はスイッチ一つで床下から姿を現す。防塵、防湿、熱処理などの課題はすべて勘と試行錯誤の末に解決されている。
壁際に固定されたスイッチを押す美崎さんとせり上がりに見入る三上さん。


壁飾りの向こう、思わぬところにプロジェクターが隠されていた。


美崎さんは散在するリモコンを嫌って、リモコンを一カ所に集めたコンソールを作った。赤外線だから光ケーブルで信号を送れるはずと考えて、実験し成功。というわけで各機器へはこうしてケーブルが這っている。


最低限の資料は手元に

『記憶する家』の取材記事を見せながら説明をしてくれる美崎さん。基本的にこの家の中からは紙が駆逐されているが、そうはいっても、こうした一部の資料は手元に残されている。


記憶の対象は視覚だけにとどまらない

現在、貯め込んでいる情報はテキストと画像だが、それはテキストや画像が今日のコンピュータのレベルでも処理しやすいからで、他の五感の記憶にも美崎さんは大いに関心を持っている。そうした質問が誘い水になって出てきたのが、このロッテのビスケット「Chococo」。昔食べた味が忘れられずにロッテの広報室に頼んで情報収集したり、はたまた最近登場した復刻版に飽きたらずにオリジナル版復活をもくろんだりと美崎さんの興味は果てしない。