ブルックナーの風景(6): カールス教会

カールス教会は、聖シュテファン大聖堂やヴォティーフ教会などと並んで、ウィーンに来ると誰もが自然と目にする印象的な教会です。18世紀初頭に時の皇帝カール6世がペスト撲滅を祈念して建てられたという建物は、巨大な丸屋根とその両脇に屹立する円柱が独自のフォルムを形作っており、ウィーンという言葉を聞くと私は国立歌劇場やリングののびやかな活気と並んで最初にこの教会の重たい優しさを思い起こします。薄ぼんやりとした初めてのウィーンでの記憶の中に、この大きな教会は何だろうと思ったこと、地図を確かめて「Karlskirche」という単語が頭に焼きついたことがとどまっています。




ブルックナーの風景としては、ここは大作曲家の葬儀の場所として記憶されています。1896年10月14日のことです。すぐ隣りの建物に住んでいた音楽上の天敵、ブラームスが途中で戸口までやってきたものの、入場を請われるのを断って「すぐに自分の番が来る」と言ったという話が有名です。実際にブラームスは翌年の4月に亡くなっています。写真の右端のビルの位置にかつてブラームスが住んだ建物があったのだそうです。




ここは葬儀が行われたというだけの場所で、教会の隣の建物に彼と敵対するブラームスが住んでいたとなれば、はたしてブルックナーの風景と言ってよいかどうかは微妙なところですね。
ウィーン楽友協会の向こうにカールス教会が見えます。




今回の旅では、ホテルからブラームスの住んでいたカールスガッセ4番地を通り、カールス教会の脇を抜けて毎夜のコンサートに通いました。伽藍から響き渡る夕刻の鐘の音の下をくぐり抜け、人気の少ない教会前の広場を楽友協会やコンツェルトハウスに向かって歩くのは、何物にも代えがたい喜びでした。別に、ブルックナーブラームスを思い起こす必要もなく、カールス教会の鐘の音はあたたかい。それは時空を超えて、東洋からやってきた旅人にも等しく降り注ぐのでした。