熱海の休日

週末、熱海に行ってきた。JR線に乗れば1時間10分で着く熱海だが、私の頭の中では地図の上から欠落している都市の一つである。眼中にない、というやつか。ところが、二十数年来お世話になっている以前の勤め先の先輩で、ここ十年は大阪の大学で教鞭をおとりになっている山本さんご夫妻が首都圏のご自宅を熱海の別荘街に建てた。ありがたくも「遊びに来て」とお勧めいただくようになったことで、新幹線に乗った際に一瞬のうちに車窓の向こうを通り過ぎるだけの街が突然実体を伴う土地となって出現することになった次第である。


なんだか大袈裟な言い回しをしたが、簡単に言うと「熱海に遊びに行ってきた」だ。大仰ですみません。


いやあ、楽しかった。熱海も楽しかったが、旧知の間柄であるご夫妻と旧交を温める機会を頂き、二日間あちこちをご案内いただく間に他愛もないおしゃべりを交わしあうこそおかしけれ。二十年を越える付き合いってなかなかない。この8月は中旬に米国在住のN君を囲む好例のおしゃべりの会と、今回の山本さんのお誘い。この二つを楽しみに暑い盛りを耐えてきたのだ。


生まれて初めて歩く熱海市内では、かつて“熱海の三大別荘”とうたわれたとキャプションがつく大正時代の建築物「起雲閣」にまずは案内してもらう。お昼をはさんで今度はブルーノ・タウトが日本滞在中に唯一設計をしたという建物「旧日向邸」を見た。予約がないと見学できない貴重な建造物である。その後一度行ってみたかったMOA美術館に。それぞれに異なるインパクトを持つ三つの場所をマツダRX-8を駆って走り回り(いえ、私は助手席に座っていただけですけど)、夜は海抜500メートルの山腹にある瀟洒な山本邸で、料理の腕前抜群の山本さんに地でとれた金目鯛の煮付けを始めとするお手製の料理でおもてなし頂く。


一晩を過ごさせていただいた山本邸。設計は山本さんご自身。ともかく、頭がいい上に、勉強家で凝り性、心配性ときている施主が、模型づくりから材料、構造の研究までぜーんぶご自身で窮め尽くしたうえで建築士さん、工務店さんをいじめぬきながら作った家だ。外の階段は自分でコンクリートを捏ねてつくったもの。悪かろうはずがない。窓からは相模湾初島が見える。




ピアノを弾く奥様のためにグランドピアノが置いてある。その脇の棚に並ぶCD。普通見ないようなタイトルがいっぱい。なんと言っても持ち主はショスタコーヴィッチが好きで、オペラ『鼻』の公演があるといって駆けつける御仁である。「中山君、イタリア弦楽四重奏団によるウェーベルン弦楽四重奏曲はすごくいいよ」などと二十代の頃に教えてくれたのもこの方。根がモダンなのであって、へそ曲がりなわけではない。と思う。



ステレオセットの横に置いてあったのは、カール・ベームウィーンフィルによる『ピーターと狼』だ。ご主人の趣味か、奥さんの趣味かは不明。



朝7時につづら折りの道を上って散歩に。山の斜面にたくさんの別荘が広がる。あとで教えていただいたところによると、左側の稜線に写っているとびきり大きな建物は橋田壽賀子の自宅だそうだ。というわけで、久しぶりに二日間インターネットとも離れて羽を伸ばしてきた。
今日のエントリーには、ストーリーもオチがありません。すみません。