『MEMORY+』

昨日聴衆として半日間刺激を頂いたワークショップの簡単な報告をさせていただきたい。

参加したのは『MEMORY+  テクノロジーによる記憶の拡張は可能か?』と題する研究会コーディネイターとモデレータをソニーコンピュータサイエンス研究所インタラクションラボラトリー室長で東京大学教授の暦本純一さんが務めた。「テクノロジーによる記憶の拡張」をテーマに幅広い立場から問題提起をしてもらいディスカッションをしようという試みである。


講演者は、暦本さん、関西学院大学の河野恭之さん、未来生活デザイナーの美崎薫さん、成城大学の野島久雄さん、茂木健一郎さんという面々。暦本さんによるキーノート講演に続き、ウェアラブルコンピューティングを推進するエンジニアである河野さんから、現在取り組んでいる忘れ物を防止するソフトウェアとシステムの開発をめぐる、技術が如何に記憶を補助できるかという問題意識に基づく講演があり、さらに美崎さんによる「記憶する住宅」を含む記憶の外部化とその活用に関する試みに関する報告、NTTで人工知能の研究をしていた野島さんが成城大学のある成城に住まう人々の「思い出」を持ち寄り新しい知の想像を促進するという試み、茂木健一郎さんによる脳科学者の立場から見た記憶とエンジニアリングの関わり方に関する考察と盛りだくさんで刺激的な内容で行われた。


記憶と技術がテーマの集まりなので容易に想像できるように、全体のトーンは技術は記憶をどこまでサポートできるか、つまり忘れ物などに代表される忘れることの不都合を如何に軽減させることができるかという工学系の専門家の関心が支えていたと感じられたが、毎日の観察、読書、写真撮影の記録をせっせと自宅のファイルサーバに貯め込み、それらの記録を恒常的に反芻することによって様々な「気づき」を得ている美崎さんの超私的“未来生活”の報告に、その概要は知っているにもかかわらずあらためていろいろな意味で刺激されるところが大きかった。また一方で、登壇するやいなや「脳は過去のことを振り返るために記憶を行っているのではない。そうではなく、今ここから、未来をよくしていく、よりよく生きるために脳は記憶という機能を発達させたのだ」と述べた茂木健一郎さんの講演に感銘を受けた。脳の働きを工学的に再現しようとする人工知能の研究が大きな成果を得られていないことを見ても、脳の働きをエンジニアリング的に再現する目論見は向こう10年といったスパンでは進展するとは思えず、エンジニアリングの試みとしてはグーグルが典型的にそうであったように、“good old-fashoned AI”を活用した脳のロジックとはまったく異なる“vertical development”を目指すべきではないかとの指摘はエンジニアならずとも目から鱗ものだった。

以下の写真は、美崎さんの講演模様。







満足な報告には至っていないが、時間切れで今日はここまで。個人的には、アグレッシブな行動がひたすら自己の過去に沈潜していく美崎薫さんの実践と、梅田望夫さんとの共著『フューチャリスト宣言』の表紙カバーを投影しながら、「楽天的であることは一つの意思である」「明るい未来を見よう」とアジる茂木健一郎さんのコントラストが印象に残るイベントとなった。参加自由なのに宣伝らしい宣伝をしなかった会なので参加者は50名ほど。もったいない。


閉会後、一緒に聴講したmmpoloさん(id:mmpolo)、美崎さんと本郷の居酒屋で楽しい反省会。mmpoloさんにモザイクがかかっているのはご本人の承諾を得ていないからで、お尋ね者だからでも、極悪非道の面相だからでもない。念のため。