美崎薫さんの不滅性

東大で行われたワークショップ『MEMORY+』で美崎薫さんが行ったプレゼンテーションの際、膨大な自らの情報収集の記録を「記憶する住宅」に貯め込んでいる彼の実践に対して茂木健一郎さんが質問を発した。

ちゃんとメモを取っていなかったので正確に再現することはできない。あくまでうろ覚えの状態で私の中に残っているかぎりで思い起こそうとしているのだが、茂木さんの質問は「情報を外部化して蓄積することのよさには、それを繰り返して使えるということとともに、そのデータを他者と共有できる可能性が生まれるということがあると考える。その点について美崎さんはどうお考えなのか。現在の試みの先で美崎さんは何をしたいと思っているのか」という趣旨のものだった。

美崎さんがほとんど反射的に返した答えは「蓄積している情報の7割(?)は著作権上外部に公表できないので、現実には他用は難しい」という運用レベルでの言及で、茂木さんはそれに対して「著作権の問題はさておいて」とその先を促したのだった。茂木さんの質問は多くの人が抱くはずの美崎さんの試行のもっとも分かりにくい部分に触れたものだったと思う。これに対し、一拍おいて美崎さんは、「自分が目指しているのはさきほど話したように“不死を獲得する”ということだと思う」と回答する。茂木さんは「僕はそれには説得されないなあ」と笑って「美崎さんが追求しているのは“肥大化した自我”とでも言うべきものだと思うが、そこから他者とのコミュニケーションや情報のシェアについて考えを進めればもっと面白いことができるのではないか」と、これはますます記憶としてはぼんやりしているのだけれど、そうした類の発言があったと覚えている。

美崎さんの試みが「不死」を目指すものというその意味については、補足がないと何のことを行っているのか分からないはずなので、以下、説明させていただく。美崎さんはプレゼンの中で、何のために自分がこうした試みを行っているのか、その行き着く先はどこなのかという問を自らに発し、その答えとしてご自身の試みがある種の不死、不滅を追求しているのだと解釈する。あまりに時間の限られたプレゼンの中で美崎さんからなされた説明は必ずしも十分と言えるものではなく、実はワークショップが終わって美崎さんご自身と酒を飲みながら再度そこで彼が表現したかったことを尋ねたのだが、私はまだよく分かっていない。もし、美崎さんがこれを読んでいたら、ぜひご自身の筆でご説明いただきたいと思うのだが、私なりに理解しているところを記せば、美崎さんが日々の実践とソフトウェア開発によって追求しているのは、彼の趣味・嗜好・感性を先取りして情報をあちこちのソースから入手し、それを蓄積して不断のタグ付けを行い、事物・現象の持つ意味を分析し、関係性を咀嚼し、常に新しい意味を見つける、人とソフトウェア、コンピュータが一体となったシステムである。それが美崎さんの当日の演題でもある、生の個人としての美崎さんが先端的なエンジニアリング技術で自らを装備したサイボーグであるところの「美崎薫+」である。私はそのように解釈をした。

美崎さんは、その上で次のような思考実験を行う。このエンジニアリング部分が高度化し、システムが美崎さんの好みを先回りして情報を拾い出し、美崎さんの解釈の癖を取り込んで常に新しいコンセプトを発見し続けるようになれば、美崎さんという生身の人間はその時点でいなくてもよくなるはずだ。もし、そうなれば情報を解釈する人としての美崎さんの実体は、そのマシンに宿ることになる。それは翻って考えれば、美崎薫が不死を得たということにならないか。美崎さんご自身が追い求める先にはそんな欲望が隠れていたのではないか、とあくまで私が理解した限りで正確には美崎さんの発言を待つ必要があるのだが、ともかく美崎さんはそんな風に考える。

私は自らの指揮姿を映像に残すことに強烈な執着を見せたヘルベルト・フォン・カラヤンを思い出す。カラヤンは不死を得たのだろうか。あるいは。しかし、DVD上でタクトを振り続けるカラヤンの不死は、あるいは未だに戦前の録音が売れ続けるフルトヴェングラーの不死性は、その先に彼らの音楽から圧倒的な感銘を受け続ける他者の存在によって保証されている。その意味で、美崎さんの試みは、やはり他者との回路をどこかで開いていく方向に進む必要が、これはある種の必然として求められているのではないか。第三者の無責任な感想ではあるのだけれど。

ビールと酎ハイでいい気持ちになって考えがまとまらず、ご本人にできなかった質問をこの場にメモしておきたい。


■『記憶する住宅』に美崎薫さんを訪ねる(1/2)(2006年11月3日)
■『記憶する住宅』に美崎薫さんを訪ねる(2/2)(2006年11月4日)