Put Your Mind to It

すべては、消費者のために。―P&Gのマーケティングで学んだこと。

すべては、消費者のために。―P&Gのマーケティングで学んだこと。

和田浩子さんは、P&Gマーケティングのプロとしてキャリアを築き、同社のヴァイスプレジデントを務めた後、ダイソン日本支社代表取締役社長、日本トイザらス代表取締役社長を歴任されたビジネスパーソンである。現在独立されて自らの事務所である「Office WADA」の代表をお務めになっている。僕は5月に日経新聞に掲載されたインタビュー記事で初めてお名前を知ったばかりだが、フォーチュンが2004年に選んだ「米国外でもっともパワフルなビジネスウーマン50人」に選ばれたという知る人ぞ知るすごい人物だ。


そんな和田さんの初の著作が発刊されたというので手に取ってみた。和田さんという一人の人物を中心にそれぞれが関係し絡み合った複数のテーマが読みやすい散文で綴られていて、とくにビジネスパーソンとしての生き方の指南書として若い人たちに勧めたいと率直に感じた。


本書の持つテーマ性の第一は女性の社会進出だ。和田さんという一人の女性がP&Gという会社を舞台に成功を勝ち取っていく物語は、女性の方にとってロールモデルとしての意味が大きいだろう。「女性の社会進出」という言葉はすでに古色蒼然と響くが、それでも欧米に比べてこの国の産業界における女性の立場ははるかに弱い。僕の今勤めている会社にも女性役員は一人もいないし、規模の大小を問わず日本の会社が女性にとって優しい環境でないのは自明の理である。本書はことさら女性であることのハンディを強調する内容ではないものの、冒頭でP&Gに採用される下りで和田さんが置かれていた状況が決して楽なものでなかったことが淡々と、しかしはっきりと記述されている。フォーチュンだって「ビジネスウーマン50人」なんて特集を組むぐらいだから、やはり女性がビジネス界でがんばるのは米国ですら簡単なことではないのだ。


第二のテーマは「外資系企業で働く」という視点だ。僕は外資系でキャリアを築いた日本人の物語としてこの本が若いビジネスマンに刺激を与える点が多々存在すると信じている。和田さんは如何に自分がP&Gという会社から様々なものを学んだかを繰り返し強調している。仕事の経験がない学生諸君には無理だが、すでに日本企業で企業の仕組みや仕事の実際を嫌と言うほど体験している若い読者は、和田さんが語るP&Gと自らの置かれた環境を無意識のうちに比較することだろう。そこから、P&Gという会社、P&Gが代表する英語とグローバルな組織環境の中で働くことの魅力と厳しさを想像することになるだろう。僕自身は、P&Gの人を動かす仕組みの合理性、それを実現している共通認識としてのビジョンの存在に感銘を受ける。言葉や仕組みとして最近日本の会社にも同じようなものがないではないが、どうも和田さんの口振りを見ると、その徹底のされ方、洗練のされ方が違う気配が濃いのだ。この点はとても気になった。


第三のテーマは、和田さんが専門とするマーケティングの物語だ。P&Gで「ウィスパー」「リジョイ」「パンパース」といった商品を育て、あるいはV字回復を成し遂げた和田さんが、どのような発想と手練手管を繰り出して会社と万人(=消費者)が認める成果を上げていったのかが丁寧に語られている。本書の中で記述の量としてももっとも中心をなすテーマであり、おそらく誰が読んでももっとも面白い部分だ。というのは、このように消費財マーケティングの実務が担当者の言質として語られる機会はそれほど多く存在しているわけではないから。企業でマーケティングを担当している人たち、商品企画を担当している人たちにとって、和田さんが語るブランディングとポジショニングの実際は大いに参考になるはずだ。


第四のテーマは組織と人材育成。最後の二つの章、「第8章:ブランド人の育成」「第9章:マネジャーになったら」がこの話題に充てられており、和田さんの筆が大いに冴える。組織全体に共通認識を行き渡らせ、共通の目標に社員を向かわせるために計画的、組織的なトレーニングを実施するP&Gの方法論と和田さんがその中でマネジャーとして体得してきたビジネスパーソンとしての取るべき行動原則、心構えを説く。この経営の話はむしろ会社を動かしていく経営者、社員をリードしていく管理職に響く内容となっている。


和田さんの語り口はとてもロジカルで分かりやすい。さすが米国の企業でキャリアを築いてきた人だと思うし、さすがに怜悧な分析力がものをいうマーケティングの専門家だとも思う。同時に和田さんが如何に熱い人であるかは、P&Gで次々と困難を乗り越える体験の記述に、あるいはご自身の座右の銘「If you put your mind to it, you can accomplish anything」 (日本のことわざでいう「成せば成る」)を一度ならず本書の中に書き記していることに、静かだが、はっきりと刻印されている。

■Fortune 50 Most Powerful Women in Business World