栂池高原-白馬大池-白馬岳-蓮華温泉(2)

■栂池ヒュッテ

今回の山行で最初の夜に泊まったのは栂池ヒュッテ。この施設を山小屋の延長線上にあるものと思い込んでいた僕は、あまりに洗練された施設にびっくりしてしまった。もし、逆にここが旅館やホテルの一種だと考えて泊まった人がいれば不平不満を洩らすことになるだろう。そういう施設であるのは、栂池という土地の性格を反映している。ここはロープウェイで普通に観光をする人が遊びに来る観光地だし、白馬岳に登山をする人たちの出発点でもある。その二つの側面が混じり合った土地に建つ、登山者には贅沢、観光客には質素な“ヒュッテ”はたいへん場所に似つかわしい施設であると感じられた。



写真で見た施設を木造と勝手に考えていた僕は、入り口が自動ドアの、鉄筋コンクリート製の建物であることにすら驚いてしまった。おまけに個室には青畳と呼んでも差し支えない、ささくれだってもいない、日焼けもしていないきれいな畳が敷いてあり、映るのはアナログ地上波だけだが、ちゃんとテレビだってある。頼めば「サイズはフリーです」といわれるものの浴衣だって借りられる。立派な旅館だ。



廊下に面した談話室はかくのごとくお洒落だし、地上1800メートルでちゃんとお風呂にも入れる。テーブルと椅子の食堂で供される夕食は、きちんとした魚料理、肉料理と出てくるし、「信州」を期待するよそ者にはなめこそばもおいしい。華美さはまったくないが、山間部の旅館で料亭を真似たような品数だけをそろえた味気ない食事を食べさせられるのと比べると、品とポリシーがある。



もっとも、部屋に戻ろうとして、入り口にある下駄箱に目をやると、並んでいるのはほとんどが登山靴。スニーカーが少々。このあたりがこの宿の現実の姿なのだろうが、まあともかく、ここはまだ下界。十分に下界。僕らが予約を入れたときには個室(一人二食付きで13,000円)しか残っていなかったが、二段ベッドを並べた大部屋があり、こちらだと9,000円程度で泊まれてコストパフォーマンスがいい。廉価な大部屋から予約が埋まっていくところは、しかし実に山小屋である。



例えば外国にいくと、文化の違いといったことを誰もがはっきりと感じるわけだが、こうした思いもよらない場所に、思いがけないタイプの結界があるのを知るのは面白い。もっとも、面白がっているのは、これを書いた本人だけかもしれないが。