東京グルメ

アメリカに住まっている友人・知人が日本に来るとほとんど例外なく「食べ物がおいしい」と喜ぶのは、自分が数年だけだが彼の地にいた時を思い出しても、とても自然な感情に思える。日本で生まれた者にとって日本の食事はいちばん。僕は日本に帰ってくると、高級な料理ではなく、みそ汁だとか、うどん、ラーメン、それに日本の“洋食”にとても惹かれた覚えがある。そんなふつうの食べ物が無茶苦茶においしいのだ。

オフィスにたまたま置いてあったニューズウィークの2月11日号を見たら、カバーストーリーが、例のミシュラン騒動の話題だった。2週分ぐらい古い号なので、日本版ですでにお読みになった方もいるはずだ。その取り上げ方は、日本のメディアとは180度異なり、懐疑や皮肉とはまったく無縁のストレート勝負、「東京の食は如何に素晴らしいか」をべた褒めする内容になっている。「皆さんは知らなかったかもしれないけれど、日本の食文化はすごいんだよ」と語る。週刊現代など日本の媒体がミシュランのレイティングを批判していることもちゃんと取り上げながら、日本人の食に対するこだわりを丹念にレポートし、ミシュランがパリの10に次ぐ8つの三つ星レストランを東京で選び、星一つまでレイティングされたレストランの数ではパリの合計65、ニューヨークの42を大きく上回る150もの店を選んだ理由を関係者、外国人・日本人の事情通を連れてきて説明させる。世界的に読者を持つニューズウィークが取り上げたことで、この記事が「日本に食事に行く」裕福な観光客が増える最初の契機になるかもしれないなと思った。

外国で日本が好意的に語られるのを聞くと、僕は単純に嬉しくなるが、ただ、思うところがないわけではない。要は、日本人には「他に何もない」故の食へのこだわりではないのかと思うところがないではないから。僕が外国駐在を終えて4年ぶりに日本に戻ってきたときに、いちばん感じたことの一つが、我々首都圏に住まう勤め人の娯楽生活は貧しいという実感である。僕がニューヨークでできたことは、家族で楽しむ子供のスポーツ観戦や学校行事、週末の郊外へのドライブ、どこででも楽しめる貸しカヌー、小さな散歩……。学校を中心としたコミュニティの中で家族と楽しむ機会を数多く持つことができた。ところが帰国すると、そうした楽しみのほとんどが雲散霧消し、やけに目につくのが大きな顔をしたテレビ番組であり、どの時間帯、どの日にも顔を出すグルメ番組の異常と言いたくなるような隆盛だった。

アメリカのコラムニスト、ボブ・グリーンのエッセイで『チーズバーガーズ』の中に入っている一編だったと思うが、周囲の食通のうんちくにうんざりするというのがある。軽妙で嫌みがない文章だ。あまりに食い物のことばかり話題する人たちと一緒にいると、自分はハンバーガーで十分と言いたくなるといった類のことをボブが書いていて、水を飲んだときのような清涼感を感じることができる。食通ブームの元祖と言ってよい開高健が生きていたら、いまどんなことを言い、書いていただろう。そんなことも考える。

チーズバーガーズ―Cheeseburgers 【講談社英語文庫】

チーズバーガーズ―Cheeseburgers 【講談社英語文庫】