ポール・オースターの語る物語の不気味さは、ふと灰色の空を見つめていて、今の自分を忘れかけてしまうような、心の真空地帯を縁をめぐるような危うさ、不安の感情を誘発するところにある。この人がどうしてこういう物語を語ろうとするのか、僕はまだよく分からない。その程度の初心者読者で、2,3年前に『幽霊』を読んで以来のオースターになる『鍵のかかった部屋』を読む。
たいていの場合、人生というものは、一つの地点から出し抜けに別の地点へ移行することの連続ではないだろうか。押し合ったり、ぶつかったり、身をくねらせたりのくり返し。ある方向に進んでいたと思ったら、途中でぐいと進路が変わり、立ち往生し、流され、またはじめからやり直す。結局何一つわかりはしない。いかなる場合にも、必然的に、はじめにめざした所とはまったく違った場所にわれわれは行き着いてしまうのだ。
(ポール・オースター『鍵のかかった部屋』より)
ギリシャ神話の悲劇がもたらすカタルシスと異なり、オースターのモノローグは現実と切れていそうで、切れていない怖さがある。我々の人生はそんな風にも見える余地を孕んでいる。彼のプロットは作り話ですよと言わんばかりのものでありながら、怖さに関する本質的な琴線をさっとなでるような印象がある。
「Coyote」という雑誌の先月号がオースターの特集を組んでおり、柴田元幸との対談、ウィリー・メイズをめぐる味わいあるエッセイが掲載されている。そして柴田訳の『ガラスの街』も。先日、思わず1時間立ち読みをしてしまった。
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Coyote No.21 特集:柴田元幸が歩く、オースターの街
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