飯森範親指揮山形交響楽団による「さくらんぼコンサート2013」

山形交響楽団による「さくらんぼコンサート2013 −アマデウスへの旅」と題するコンサートを聴いてきた。場所はタケミツホール(2013年6月27日)。

楽しいという言葉がぴったりのコンサートだった。開演前の狭いロビーはミニ山形物産展の様相を呈していた。さくらんぼや、野菜や、ジュースや、お菓子や、さらに山形旅行に至るまで、ご当地の素敵な物産が並べられ、そのまわりを中年女性の比率が高い(?)入場者が殺到取り囲む。終演後にさくらんぼが当たる抽選まである。おばさまたちのおおらかな気合が、とりつくろったようなピカピカなコンサートホールのロビーに満ち満ち、なんだか、これからお祭りが始まりそうな雰囲気である。

という演奏にまつわる部分とは無縁の活気の中、開演の15分前の午後6時45分になると、いつも行われているという指揮者によるプレトークが始まる。お客さんは三々五々とホールの中に集まりはじめる。プレトークでは、この日に楽団が使う金管楽器古楽器(レプリカ)について4人の団員の方々の実演を交えたうんちくが開陳された。来場者は始まる前からすでにコンサートを楽しんでいるという気分に包まれてしまう。そのそつのなく楽しげなやりとりの中で聴衆をまんまと掌中に引き込んでいるのは山形交響楽団音楽監督である飯森範親さん。相当の人たらしだ。

そもそも、どうしてこのコンサートに足を運ぶことになったのかというと、一冊の本を図書館で見つけたことがきっかけになっている。『マエストロ、それはムリですよ・・』というのがその本。財政的にも困窮する山形交響楽団音楽監督に就任した飯森さんが、小規模のオケによるブルックナー演奏などの新鮮なプログラムを持ち込み、さまざまなアイデアを実現させてコンサートの質を高めるとともに、同楽団を全国でも注目されるオーケストラに育て上げるという絵に描いたようなサクセスストーリーだ。映画『おくりびと』の中で主人公のチェリストが第九を演奏ているのが、このコンビである。本としては、よくありがちなビジネス本のノリで、正直なところそれなりのクオリティでしかないが、それでも飯森さんと山形交響楽団への興味を駆り立てるには十分だった。本の中で紹介されていた「さくらんぼコンサート」が開催されるらしいので、いっちょう聴いてやるか、と出かけた次第である。

山形県観光大使を二期連続で務めることになったという飯森さんの人たらし具合はよく分かった。では音楽は? この日は交響曲3曲とクラリネット協奏曲というオール・モーツァルトプログラム。前半が交響曲第23番とクラリネット協奏曲、休憩をはさんで後半が交響曲第16番と35番「ハフナー」。

広過ぎないタケミツホールは、小編成のモーツァルトを聴くには素晴らしい環境だ。観客席まで音が十分な大きさで届き、音響上の楽しさが保証される。正直なところ、モーツァルト交響曲をモダンなオケで大きな会場で聴いても、あまり面白いと思った覚えがない。音響のこともそうだが、後半の大曲に向けた慣らし運転の素材のような扱いが多いから、その雰囲気は聴衆にはすぐに伝わってしまう。この日も、飯森範親と山形交響楽団を聴きに出かけて、たまたまプログラムがモーツァルトだったというのが正直なところだ。

でも、この日のモーツァルトはヴィヴィドで、いい感じ。完全なノンヴィブラートではないけれど、古楽的奏法を取り入れたくっきりとした音が鳴り、フォルテの開放感はとても気持ちよかった。前半、後半ともにモーツァルト10代半ばの若い作品と円熟の後期傑作を交互に演奏するメニューは実に理にかなっているというか、クラリネット協奏曲とハフナーの凄さを納得させるよく出来たものだった。

繰り返しになるが、モーツァルトに特別の思い入れでもないかぎり、演奏会で聴くなんて思いもよらない16番や23番など若い番号の曲を、老練の域に達した後期作品との対比することによって面白く聴かせるプログラムはよかった。10代の作品のオーケストレーションは、後期の名曲に比べてしまうと至極単調だ。ホルンやオーボエなどの管楽器は旋律を歌わせる役目は担っておらず、弦の低音と一緒にバイオリンの主題に音色の変化を付けるのが主な役どころ。それが、後期になると、木管金管もそれぞれにメロディを受け持ち、いくつかの楽器が明確なグループを作って歌を競い合うダイナミックなオーケストレーションに変わっている。明確な技量と感情表現の進歩を示されると、どうして、こういう成熟がモーツァルトに訪れたのかと問いかけたくなる。そういう聴き方に聴衆を誘う、いい演奏会だった。23番と16番が演奏された後の拍手が、長くは続かない、それ相応のものだった点は、この日の聴衆の正直さがよく表現されていて好ましかった。みんな、さくらんぼを買いにだけ来たというわけでは決してなさそうだった。

クラリネット協奏曲の独奏を務めた橋本杏奈さんという人は素晴らしかった。演奏前の印象は、小柄な可愛らしいお嬢さんが大きなバセット・クラリネットを手にひょこひょこと出てきたという以上でも以下でもなかったのに、演奏が始まるやいなや、あまりの音楽性の豊かさにびっくり。まだ20代半ばの人らしい。この人は名人と呼ばれるような存在になるのではないか。


「マエストロ、それはムリですよ・・・」 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~

「マエストロ、それはムリですよ・・・」 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~