三上さんと梅田さんってそんなに違わないと思うんですけど

『シュッポロ』に向けてシュポシュポと機関車の煙のごとくブログ上に無数の言葉をはき出している三上さんの勢いに対してマジに対応するのが正しい姿勢であるのか否か、わたくしはまったく自信がない次第ですが、どうよ?と尋ねられたようでもありますので一言書かせていただきます。

何かというと素材は『いざ北へ2008その33 そろそろ話してもいいかな』 であります。三上さんによる梅田さんと三上さんの“距離について”分析した一文です。

わたくしは、三上さんが思わせぶりに書くAとBといった立ち位置の差異はお二人にはないと思っています。形而上の世界と形而下の世界、そう言い放って十分かどうかは分かりませんが、とりあえずそうわたくしは解釈した上で、もし出所が三上さんの言うとおりに異なると仮にしても、それはお二人の大きな違いを言い当てるファクターではない。むしろ、わたくしには二人とも偏執狂的なところはとてもよく似ているし、けっこう兄弟に見えます。梅田さんが三上さんのブログ上に漂っているのは、わたくしは立場を異にした似たもの同士のよしみがあるからではないかと踏んでいるほどです。

どこが似ていると言えば、お二人ともにタイプは違えど教育者の資質をお持ちになっている。そこじゃないかと思います。例えばわたくしにはそういうものは露程もない。人を教育するには偏執狂的な部分、他人に対する愛情、辛抱強さ、そういうものがないととてもじゃないができません。そうした才を持ち合わせている点でお二人は似ているとわたくしには思えます。

違うのは、梅田さんがいわば英才教育というか、上の人をのばすことに俄然意欲を燃やすタイプであるのに対し、三上さんが下を持ち上げることに大いなる喜びを感じている方だというそこのところじゃないでしょうか。これはいわば役割分担みたいな話ですね。二人でひとつみたいな(ちなみに、この横町の皆さんには言うまでもないことですが、金城さんはまたお二人とは違ったタイプの優れた教育者ですね)。

あと違うのは審美的な価値観。三上さんは見た目、視覚的なイメージにすごくこだわる。梅田さんはわたしくにはよくそこのところはわからないですけど、さまざまなデザインのウェブサイトを束ねて「ウェブブック」とお呼びになっているのを見ると、そうしたこだわりは大きくはないと感じられます。ここは明らかに違う。

残業の疲れとビールの酔いのなかで書きました。以上!