美崎薫さんの「PilePaperFile」を見てきた

お茶の水女子大学とヒューマンインタフェース学会SIG-UBIの主催するセミナー「ユビキタスコンピュータは生活を変えるか」で美崎薫さんの「PilePaperFile」の実演を見てきた。11月17日(土)、お茶の水大学にて。正確には美崎さんの「記憶する住宅」を初めとする一連の実践(というか人体実験というべきか)を、この経産省の外郭団体であるIPAが所管する未踏ソフトウェア創造事業の採択ソフトを使って紹介するプレゼンテーションを聴講したのである。このソフトの本邦初公開、お披露目の機会。

■2007年第?期未踏ソフトウェア創造事業採択プロジェクト一覧


IT業界でエンジニアをやっている方は美崎薫の名前をご存じだと思うが、「それは誰?」という方は昨年秋に書いた「記憶する住宅」訪問記をどうかご参照ください。

■『記憶する住宅』に美崎薫さんを訪ねる(1/2)


プレゼンテーションのテーマがソフト自身の紹介ではなかったこともあって、会場で質問もせずにおとなしくしていた。それもあって、くだんのソフトについてはまだよくわからないというのが正直なところだ。会が終わったあとの飲み会で質問をしようと思っていたのだけれど、お好み焼き屋で座った席が一番遠い同士。別の話題で盛り上がり酔っぱらってしまったので、茗荷谷の駅で「いやあ、今日は全然話せませんでしたねえ」とお互い言い合って終わってしまった。

美崎さんがこだわっているのは実世界で紙を扱う感覚をコンピュータの中に再現する試みである。「PilePaperFile」に先立つ第一作の「SmartWrite」では手書きメモの感覚を、続く第二作の「SmartCalendar」では、紙のページをぱらぱらとめくる感覚をそれぞれ再現することに成功。今度はデスクトップを文字通り机の感覚に近づける試みが追求されている。

デモを見た限り、テキストファイル、画像ファイル、メールなどが、それぞれいかにも紙を模したデザインのファイルで表現され、種類別にデスクトップの所定の位置に重ねて表示される。あたかも、机の上に紙の資料を整理して置いたように割り付けられるのがみそで、視覚的にはとても見やすい。この日、とくに説明がなかったので分からなかったのは、その操作感の部分で、自分でさわってみないと本当のよさや課題は実感できない。デモでは隔靴掻痒の感があった。

美崎さんはプレゼンの最初に、ご自身が追求しているのは「楽をすること」だとおっしゃる。そのために、自宅は改造し、特別なソフトは作り、と、まぁとても楽をしているとは思えない日常を生きていて、この軽みをめざして重たい日常を生きているのは美崎さんのパラドックスなのである。とっかかりには「楽をすること」が動機としてあったかもしれないが、彼は楽をしたいからこうした七面倒くさいことをしているのではなくて、単純に工作や新しい何かを作り出す作業が大好きなんだと思う。誰が見てもそうだろう。

WindowsMacGUIに飽き足らない人がどれぐらいいるのかは僕には謎だ。大多数の人は環境に対して従順だから、東京のおぞましい住宅環境、通勤環境の中でも平気で生きているし、携帯電話を与えられれば親指で小説まで書く。美崎さんのような、少しの違和感を我慢しない人たちが世の中にどれぐらいいるのだろうか。という根本の部分が商用化を考えたときの最初の関門であることはどうやら間違いないように思われるのだが。