美崎薫著『記憶する道具』

『記憶する住宅』のプロデューサーとして知られる美崎薫さんは大切なブログの仲間であり友人ですが、ありとあらゆる体験を記録し、自分自身のためだけに作ったアプリケーションの力を借りて日常的にフィードバックしながら生きるこの独自の個性が、自身は“過書字”(文字を書かないではいられない、脳の機能障害)というほど自身の思いや考えを文字にすることにためらいのない人物であるにもかかわらず、自身についてまとまった文章を発表していないことに私は不満を覚えていました。

美崎さんはたくさん本を書いていて、先日本人が語っていたところによれば30冊に近いそうなのですが、その多くは彼が興味を抱く分野、知悉しているテーマ(そのほとんどは広い意味でITに関連するものですが)について、その膨大な知識をもとに情報を整理して読者を啓蒙してくれるタイプの書物で、通常の分類で言えば、IT系の実用書の棚に置かれるような類のものです。でも私にとってみると、美崎さんが語っていちばん面白いテーマは、ズボラを絵に書いた私とは正反対に、「あらゆるものを捨てない」「徹底的に体験にこだわる」「欲しいもので世の中にないものは自分で作る」といった情熱的で緻密に整頓された人生を飄々と生きる美崎さん自身です。そうした私自分の日常生活とは正反対の行動様式を示す御仁が、どのような内面生活を送っているのかに興味津々なのでした。

そこで、自分が出版社に勤めていることをよいことに、「世の中にないものは自分で作る」という美崎さんのモットーをちらと思い出して企画書を提出し、けっきょく2年近い時間を経て実現したのが『記憶する道具 ―生活/人生ナビゲータとしてのライフログ・マシンの誕生』です。

企画書はでっち上げましたけれど、美崎さんがご自身について、どのように、何を書くのか、私はまったく分かりませんでした。執筆が始まってからは、編集はプロの編集者にまかせて私はほとんど傍観を決め込んでいましたので、どんな本が出来上がるのかをひとりの読者として待ち焦がれていたのでした。

いま、ふーん、なるほどねぇ、と思いながら、その、変人・美崎薫の本をめくっています。私と同様に、「ふーん、なるほどねぇ」と、この本をおもしろがってくれる変人が、さて日本語圏に何人いるのか。その結果として、ブログ界隈にどんな感想が掲載されるのか、今から楽しみにしています。

本はそろそろ主要書店に並ぶはず。アマゾンではもう販売を開始しています。