言葉

地震が起こってからというもの、実にさまざまな言葉に出会います。言葉はときにプラグマティックに生活を律し、あるいは理知的に考える時間へといざない、あるいは強い力で感情を揺さぶります。そんな言葉の力にいまさらながらに感じ入るのが地震からのちの毎日です。

こういう感想を抱く身としては、むしろ言葉を発することに慎重にならざるを得ない、本当に必要な一滴がないかぎり黙るしかないという思い絡め取られるのですが、そしてそれはとても自然なことだと思うのですが、そうであるにもかかわらず、あえてまたブログを書き始めようかという気もしています。人の心のつかみどころのなさは自分の心であっても例外ではありません。