特待生の子はなぜ処分をされねばならないのか

昨日夜のニュースをつけたら高校野球の特待生制度問題がトップニュースだった。テレビ朝日報道ステーションでもそうだった。学生野球憲章の第13条なるものがあり、そこには学生は野球をやる代償として金品を得てはならないと定めてあるそうな。特待生というのは野球が上手な子を学費免除などの条件で当該高校に迎え入れる制度で、これが憲章違反だということらしい。授業料や生活費を免除してもらえば金品を得ていることになるという。それはそうだろうなとは思う。しかし、高野連会長の記者会見の模様を見ていて納得いかない思いがしたのは、次のやりとりを耳にしたときだった。

−制度を設けたのは学校側で、子どもには責任はないという声がある。
「気の毒だが、責任はゼロではない。生徒はチームに所属する過程で憲章を学ばなければならない。13条は、お金をもらってはいけないというアマチュア規則そのもの。違反すれば選手資格を失うのが一般的だが、高野連にも不十分なところがあって免責した」
朝日新聞2007年5月2日付)


高校球児たる者、憲章を正しく理解し、その内容を実践することこそが正しい。「うちにおいで。特待生として処遇してあげるよ」と高校側から誘われ、それに従った15歳の子供とその親は、高校野球憲章を理解していなかったことを理由に処分を受けるのは当然なのである。高野連の言いぐさに従えば。それにしても「生徒はチームに所属する過程で憲章を学ばなければならない」というのは、いったいどういう実践を要請していると理解すればいいのだろう。入学して野球部に入る際に野球憲章を読みなさいということなのか。でも、それでは特待生になってしまったあとだから間に合わない。とすれば、中学生のときに野球憲章を読みなさいと言っているのだ。今後、高野連は高校球児全員から「私は野球憲章を遵守します」という誓約書をとればいい。


高校1年生になり野球部に精を出している末の息子の中学時代の同級生で、中学生の関東ベストナインに選ばれた子がいる。彼も特待生で甲子園出場校に進学し野球部に行った。野球がべらぼうに上手かもしれないが、ふつうの子だ。有名高校に選ばれて特待生となり、よし、甲子園をめざすぞ、プロに行くぞと夢を抱いている矢先に、「お前は規則を破ったから謹慎」というのは、制度を遵守する官僚的なセンスではどうだかしらないが、教育的に正しいことなのかどうか。


何よりもうさんくさくて腑に落ちないのは、高野連西武ライオンズの裏金問題の調査結果を受けて行った緊急調査によって明らかになったという今回の問題の出自である。高野連は、「あたかも事態がまさかこのようになっているとは思いもよらなかった」というムードを作っているし、朝日新聞なども大阪本社スポーツエディターの署名記事でこのように書く。

野球部員であることを理由にしたスポーツ特待生制度を禁じた日本学生野球第13条はほとんど形骸化していた。春夏の甲子園優勝校を含め、強豪校の多くが違反していた事実が、今回の調査で明るみに出た。
朝日新聞2007年5月2日)


なんと欺瞞的な。ニュースの映像で見た高野連の親玉の「高校や高校球児がそんなことをしていたなんて知りませんでした」とでも言いたげな表情を見て、なぜお前が頭を下げないのかと思った。中学・高校の野球部に子どもをやっている親御さんならば特待生制度が広く存在している事実は誰でも知っている。俺だってだ。知らないのは、それが何かの規則違反であったということだけだ。この朝日新聞のスポーツエディターとやらも、「今回の調査で明るみに出た」と本心で驚いているのであれば、事実を追求するのが商売のジャーナリストとしてはよほどぼんくらである。嘘だろといいたい。もし、高野連の会長が全国津々浦々の私立校で特待生制度が存在していることを知らなかったのなら、あらためて規則の番人としてのあんたの責任は何なのかと言いたくなる。しかし、この御仁は、質問にこう答えるんだ。

高野連は責任をどうとるのか。
「(05年の特待生を禁止する)通達の際に調査できなかったことは不十分だったとは思うが、(自分たちの)処分は考えていない。健全な野球にすることが責任だと思う」
朝日新聞2007年5月2日)


2005年に通達を出したということは、そうした事実が存在することをよーくご存じだったはずだ。「調査できなかった」とはものは言い様、ほんとうなら「調査しなかった」というべきだろう。大いに健全な野球なるものにしてもらいたいものだと思うが、では、その健全な野球とやらが何なのか、ぜひ、はっきりと示してもらいたいものである。


それにしても、特待生制度のどこが悪いのだろう。朝日のさっぱり訳の分からん論説は、戦前からどうだらこうだらと意味不明の理由を挙げた上に「(高野連が)問題解決へ迅速に無動いた姿勢は前向きに受け止めたい」というのだが、特待生の5月謹慎処分、野球部長の交代という高野連の方針をさして“問題解決へ迅速に動いた”というのであれば、真珠湾攻撃だって、広島・長崎への原爆投下だって、米国のイラク侵攻だって、“問題解決へ迅速に動いた”には違いない。謹慎一ヶ月と定める前に、あるべき姿が何なのかをはっきりとさせるべきだ。あちこちで野球以外のスポーツでは特待生制度がふつうに存在する事実が指摘してされている。たとえば、その齟齬をどう考えるのか。特待生制度によって、新興有力校が勃興したという事実を否定的にとらえるのか。ビジョンがはっきりと分からず、共有できないのは日本のあらゆる分野で見られる悪しき伝統みたいなものである。