真空管プリアンプSV-14LBの音

今の職場に、大学院まで音響工学を学んでいたというおじさんがいる。彼によれば、真空管アンプが音が良いなどという輩は、−彼自身は決してそういう人を馬鹿にしたような言い方をしているわけではないけれど−要するに無知蒙昧であることを天下に公言しているに過ぎないということになる。周波数特性を計測すると、真空管アンプトランジスタ・アンプが再生できる帯域の上下をまったく再生できない、つまり音が悪い、と彼は僕ですら知っている科学的事実を口にする。そして「真空管アンプがいいという人は、視覚的に、あの真空管が赤く光るのがきれいで、それに欺されているんですよ」と、これは科学者とは言いかねる断定口調とにこにこ顔でおっしゃる。「そうですかあ」と相手に負けないぐらいのにこにこ顔で応じる僕。真空管アンプを使っているなどとは決して言わない。

はっきり言って僕は音響理論も、アンプの回路もまったく興味がない人間だし、オーディオに興味があると言えるかどうかも判じかねる。ただ、間違いなく言えるのは、山水のトランジスタアンプを使い続けた十数年の間、CDを聴くたびに、言葉にならない気持ち悪さを感じ続けてきたということだ。

今回、真空管のプリアンプを組み立ててみようと考えたのは、一年前にトライオードの真空管アンプにしたとたんにこの気持ち悪さがほぼ基本的には解消できたという実体験に照らしてのことだ。真空管アンプがそのようによきものであるのなら、真空管プリアンプを装備すれば、もしかしたら、ますますよきことが起こるかもしれない。と、電気工学的オーディオ知識ゼロ男の脳みそは、非科学的な論理を展開した。その結果がザ・キット屋のSV-14LB購入とあいなる。今日は、その音の第一印象を書き留めておこうと思う。

一言で言うと、出てくる音に立体感が増した。音色は柔らかさをますます増し残響が音にきれいに乗っている。立体感を感じさせるのは、この残響コントロールのなせる技であるらしい。気持ちがよいのは、楽器間の分離がよくなった点だ。弦楽四重奏で四つの楽器がメロディを強奏するとき、新たにSV-14LBを加えたシステムはがちゃがちゃと互いが互いを消しあって何が何だかわからなくなるのではなく、ちゃんとそれぞれの楽器が聞こえるように鳴ってくれる。残響が増えたら聞きにくくなりそうなものだが、それぞれの弦楽器が受け持つメロディが、それぞれの倍音成分をきっちりと鳴らすので、音楽全体が立体的に聞こえる、とそんな感じだ。プリアンプ様、ありがとうございます、と思わず頭を下げたくなる。

同じことは楽器間だけでなく、旋律の上でも感じられ、たとえばグールドが弾く超私的解釈の極み「トルコ行進曲付き」の最終楽章、かのトルコ行進曲のメロディを思いがけないグリッサンドで誇張するところなど、音の一つ一つが粒だって聞こえるため、グールドの意図が際だって表現され、思わずおぉと身を乗り出すような気分になる。

大編成のオーケストラはトランジスタアンプではうるさいばかりで聴きたくもない存在に成り下がっていたが、これでどうやら楽しめるレベルになった。

私自身はオーディオ耳がよいとはまるで思わないし、オーディオを語る語彙も持っていない。プリアンプを聞き比べて、この機種を選んだわけでもない。以上はスペンドールS3/5とトライオードTRV-A300を使っているリスナーの一人がSV-14LBを加えた際に聞こえてきた音の変化に対してこんな風な感想を持ったという程度の話である。