亀の甲より年の功という部分はあるよなと思う

少し時間が経ってしまったが、『未来のいつか/hyoshikの日記』の吉岡さんのエントリーに触発されて書いた文章に対して、あらためて当の吉岡さんがトラックバックを送ってくれた。

このときのトピックと吉岡さんの主張は、仕事の世界で多くの経験を積んでいる40代、50代の中年層がもっとブログの世界に出てきて語ってほしいというもので、そのエントリーを勢川さんのいつもの軽妙な漫画を介して知った僕は、ブログ圏の路地裏で書いている実名中年ブロガーはそれなりにいますよ、時間はかかるかもしれないけれど、これからもっと増えてくるんじゃないですか、という小さな感想を書いたのだった。


■中年のブログ(2009年5月20日)


twitterほどではないけれど、ブログは短時間で書き流しているのが実態ゆえに、投稿したあとで、舌足らずだったなとか、もう少し違った説明があったなとか、いろんなことを思う。そんなことがままある。ただ。ブログのいいところは、マスメディアと違って、書きたいだけ書く場が与えられているところで、舌足らずだったり、書き足らなかったら、あらためて別のエントリーを書けばいい。それはブログの恐ろしく贅沢なところ。それらを読んでもらえるかはまた別の話だけれど、発言のチャンスという意味では機会均等のルールが誰に対しても与えられているのが素晴らしいところだ。

さて、それはともかく。このときも、「そうは書いたけれど、もっといろんな人が出てきてもらってもいいよな。吉岡さんの言うことは正しいかもしれないな」と自分の文章を公にした後に、ちらと思ったのである。吉岡さんがトラックバックをしてくれたのは、その後だ。


■表現する40代、50代(『未来のいつか/hyoshikの日記』)2009年5月20日


僕は吉岡さんの新しいエントリーに唸らされた。吉岡さんは、勢川さんや僕のエントリーを取り上げて、それなりにブログを書いている中年はいるようだと一歩引いて拙文を紹介する。ご自身の主張に対して異議を唱える意見にちゃんと耳を傾け、あまっさえ、その中にご自身にとって意味のある何か、議論を前向きに進める上で価値あるメッセージがないかを見つけようとする。これが大人の流儀だなあと思った。こうしたトラックバックを頂くと単純に嬉しくなってしまう。トラックバックっていいもんだな、と思う。そうして、今までも、多くの大人の流儀で書かれたトラックバックに元気づけられてきたなとこれまでのブログ生活を思い起こし、あらためて、ブログっていいなと思う。

そうやって人を立てておいて、吉岡さんは40代、50代はまだ表現し足りない、もっともっと出てきて欲しいという自説にきちっと回帰する。これも、また見事な大人の流儀でもって。

吉岡さんのエントリーを拝見しておよそ一ヶ月。梅田さんの発言をめぐる品のない言葉の増殖にうんざりな気分のいまの僕は、吉岡さんのアピールに積極的に賛意を申し出たい気持ちが強くなっている。こういう食えない大人の文章をもっと読みたい! そう思うし、この界隈の元気な40代、50代、60代にはこれからもどんどん書いてもらわなきゃと思うのである。もちろん、年齢だけがものをいうとは決して思わないけれど。