梅田さんにお会いした

都内某所で梅田望夫さんの講演を聴いた。
企業の役員クラスおよそ200名が集まる会に潜り込ませてもらい、いちばん後ろの席で極上の日本酒のようなお話に舌鼓を打つ機会を得ることができたので、今日はその報告を少々。

講演のテーマは「変革」。時代が曲がり角にある今日、変革という言葉を使わない企業の方がむしろ珍しいと言ってよいほどである。そんな今日、変革を実現するためには何をなすべきかが梅田さんの問題設定だった。変革の大きな一因であり、駆動力である“ウェブ進化”の現在を要約した上で、変革を真に志向するために企業は何を必要とするのか、そこで経営者、企業人にはどのようなマインドセットが重要なのかを説く。刺激に溢れた1時間余だった。

梅田さんの講演にはその著書を読むときの感興をあらためて思い出させるような鮮度の高い情報があり、耳目をそばだてる新鮮な概念化の試みがあり、熱い主義主張があり、行動に駆り立てる提言がある。おまけの聴衆である僕は、十二分に堪能した。

ただ、梅田さんご自身が講演の中で語っていたように、企業人の中には、そのお話を抽象的だ、観念的に過ぎると批判する人たちはいるかもしれない。一緒に聴いていた僕の前の上司は、講演が終了したとたんに「いやーっ面白かった。さすが梅田さんだね」と感心しきりの様子だったのだが、その様子に接して、梅田さんが常に語る(そして、この講演の中でも何度も出てきた)“志向性”という言葉についてあらためて思いをいたした。通じる人と、通じない人がいるということは、世界を考える上で基本的な物差しなのかもしれないということだ。

講演の中で梅田さんは、組織における「人と情報」の今日的な重要性を、様々な言い回し、様々な資料を駆使し、これでもかと訴えかけていたが、そこで語られていた中心的な要請は情報を徹底して共有し、かつ個人の志向性と自発性を最大限に発揮する組織を作るということだった。その見本がグーグルであることは言うまでもなく、同社の例は講演の中で繰り返し語られた。

もうひと言講演内容に関して付け加えておくと、お話の最後で梅田さんが持ち出してきた「変革・創造」と「本業・守成」という対立軸と独立した「Comfort Zone」という視点による変革意識の分類の話があって、これには目から鱗が落ちる感覚があった。「Comfort Zone」、つまり気持ちよく、らくちんに仕事ができる領域にいるか、それとも、そこを一歩飛び出して死ぬか生きるかという状況で課題に立ち向かうという軸があると梅田さんは言う。この軸と、「変革・創造←→本業・守成」の軸とを組み合わせれば、どんな世界が見えるか。梅田さんが注意を喚起するのは、「変革・創造」と言いながらも「Comfort Zone」の中にある世界、らくちんな世界があるでしょという点だ。言葉の嘘を見抜くという意味で、梅田さんのコンセプトはより広い場面で適応が可能な考え方になっている。昨日頂いた大きなおみやげである。

お伺いする旨をあらかじめお知らせしてあったので、その後の懇親パーティで梅田さんと歓談のひとときを持つことができた。ちょうど2年前に、企業の役員クラスが集まるこの講演会でご挨拶をしたことがあるが、“『横浜逍遙亭』の中山”としてお会いするのは初めてのこと。僕がブログ上で三上さんを始めとする現在の人間関係を作るとなった契機は、2年前に講演会を聴いた感想を『横浜逍遙亭』に書き、それに対して梅田さんがブログでトラックバックをしてくれたことにある。すべてはそこから始まった。その意味で、極めて個人的ながら、ある種の感慨があったのは白状しておかねばならない。

梅田さんと笑顔の中で互いを認めて歩み寄り、握手をしたときには、もうその瞬間に10年来の知己に出会ったような気分になっていた。それは三上さん(id:elmikamino)と初めてお会いしたとき、勢川さん(id:segawabiki)と横浜でお会いしたとき、下川さん(id:Emmaus)に東京カテドラルで握手したとき、その他何人ものブログの仲間とリアルの場で対面した瞬間のフラッシュバックであるような感覚だった。

「ブログ、すごい盛り上がりですねえ!」
「えっ、中山さんは札幌にいらっしゃらないんですか」

などと周囲の人にはまるで通じない、しかし、このブログで書けばたちどころに意味をなす言葉をきっかけに、棋聖戦観戦記の話、講演の話、読書の話、梅田さんが注目する新しいコンセプトの話と話題は駆けめぐり、お別れした後には、あらためて梅田さんが使う“志向性”という言葉に思いが至ってしまった。

梅田さんご本人から「どうぞ」と言っていただいたので、今日のエントリーとさせていただいた。札幌で今日まさに開催される三上さん主宰のイベント『シュッポロ』の前奏として読んでいただけるととても嬉しい。