梅田望夫が「山梨旅行」を語った

もう次の号が出てしまった今となってはあらためて書くのも若干気が引けるのだが、文藝春秋・新年特別号に「黄金世代の勉強術」という企画があって、12人の“賢者”が文春読者に最新の勉強法を教授するというテーマで寄稿を行っている。その“賢者”の一人が梅田望夫さんだ。梅田さんのホームページでもお知らせが掲載されていたが、僕はそれを読む前日にたまたま年に1,2度しか買わない文春を買って、「おや、梅田さんの書いたものが載ってる」とそのエッセイを見つけ、「なんという奇遇」と他の記事に先んじて賞味したのだった。

奇遇と思ったのは、たまにしか文藝春秋を買わないのに梅田さんの書いたものに当たったからで、別に宝くじに当選したわけではなし、そんな驚くようなことではないのだが、最近はどんな小さいことでもプラスに作用することに対しては積極的に驚くように心がけているのである。中央公論とは関係が深いらしい梅田さんがついに文春にも登場か、これはなては村の住人としては慶賀の至りと喜んだ次第だが、“梅田さんと文春"以上に珍しい取り合わせになっていたと僕が思ったのが“梅田さんと文春世代"だった。

“文春世代"というのは僕の造語ではなく、梅田さんの文章に登場する言葉で、それはこんな文脈で登場する。

今、私たちが生きているのは“知のゴールデンエイジ”とでも言うべき時代である。「知的生活を送りたい」「知的生産を行いたい」という人にとって願ってもない素晴らしい環境が、日々、ウェブ上で誕生し、整備されている。しかも、それを利用するにあたっては、ときに登録する必要もあるが、お金を払う必要はほとんどない。今日は成熟した文藝春秋世代にこそ利用してほしい、そんな“ウェブ時代の知的生産術"を紹介していこう。
文藝春秋・2008年新春特別号 p317)

MITやハーバードなど米国の有名大学のウェブ教育の試みを紹介したり、知の高速道路を疾走する将棋の里見香奈さんの話を交えたり、情報収集ばかりではなくウェブが共同作業を効率的に支援する道具であることをご自身の例を引いて説明したりといった文章がこの後に続く。

ここで梅田さんが言っている“文藝春秋世代”とはいくつぐらいの人々のことを前提としているのだろう。“文藝春秋世代”という言葉はたぶん「いま、文春を読んでいるおじさんの年齢はどんな分布を示しているのか」ということとほぼ同義なので、ちょっとこの文章を書こうとした意図とはずれるが、個人的には非常に興味がある。というのは、僕は小学生の頃からの文春読者、親が買って帰っていたためにうちにある文春を読んで大きくなったという感覚があるから。いわゆる“文春世代”というものがあるとしたら、自分は違う、少なくともかなり遅れてきた突然変異的文春読者であるという意識があるからだ。十代の頃、文春を読んでる友達なんて一人もいなかった。文藝春秋は僕が子供の頃から典型的なおじさん雑誌で、じゃ、いまおじさんになった僕らの世代が読んでいるかと言えば、やはり未だに文春を読んでる奴なんて知らない。いったい、どこの誰が、あの平積みにされている文藝春秋中央公論を読んでいるんだろうと、素朴に考えてしまう。

脱線してしまったが、梅田さんが意図したのはたぶん50歳代、それ以上の年齢の人たちに向けたメッセージということではないかと思う。面白いのはその点だ。彼をウォッチしているはてな村住民は、梅田さんが若者以外相手にしたくないと言っている事実を知っている。原理原則を四角四面に大事にする性癖が大いにあると見える梅田さんを見事に落としたのは、さすが天下の文藝春秋編集部と感心した。というわけで、年寄り向けに梅田さんが何かを書いているということ自体がたいへん興味深いのである(という一言を書こうと思ってパソコンの前に座ったのに、俺はなんと無駄に言葉を費やしてしまったものであることよ)。

書かれている内容については、なては村住人、『ウェブ時代をゆく』読者にとってみればその多くがまあ周知の事実、わざわざ読んでもあらためて感銘を受けることもあるまいと思われる。でも僕は、若い人を相手にしたときの梅田さんとは別人のような、その肩の力の抜け方が面白かった。武田信玄に興味がある人なら、ウェブで信玄を調べてうんちくを蓄え、それをブログに綴ってみればどうだろうと梅田さんは言う。

つまり調査を進めれば、あっという間にウェブ上でオーソリティになれる可能性があるということだ。もちろん、出版社に持ち込めば「“武田信玄の好物"では読者数が見込めない」と出版を断られるに違いない。しかしブログに綴るのは自由だ。必ず同好の士がウェブ上に集まってくるだろう。そのうち山梨旅行に皆で出かけることにでもなれば楽しいではないか。
(同p319)

「そうかあ、山梨旅行か!」と僕は思わず笑いそうになった。馬鹿にしているわけではない。その正反対で、こうして毎日のようにブログを書き続けている理由は、まさに「山梨旅行」にありだと僕は実感しているのである。実際のところ、ブログを書き始めて実質一年半が経った僕は、三上さん(id:elmikamino)を訪ねて山梨よりもだいぶ遠い北海道は札幌にまで出かけることになった。mmpoloさん(id:mmpolo)やhayakarさん(id:hayakar)と楽しい新年会を開催し、写真家の橋村奉臣さんと交友を結ぶことになった。初めておしゃべりする勢川びきさん(id:segawabiki)さんとまるで旧友同士のように語らうことができた。美崎薫さん、Emmausさん(id:Emmaus)、cuscus(id:cuscus)さん、SimpleAさん(id:SimpleA)、くまさん(id:unknownmelodies)、その他数多くの方から大いなる刺激をもらい、日々のエネルギーを注入されてきた。もちろん、梅田さんからもだ。ブログという井戸端会議の道具は、これは実践してみた者の実感で自信を持っていうのだが、こちらがその気になりさえすれば、ちゃんとそれに見合った反応を返してくれる。ついでに言えば、僕の場合、実名で情報発信することによって、『横浜逍遙亭』はいまや“わたくしそのもの”と化している感覚がある。

一人ぐらい、こういう平均的文春読者とは異なる面白がり方をした人間がいたとしても悪くはなかろう。

■中央公論「著者に聞く」、文藝春秋「黄金世代の勉強術」特集(『My Life Between Silicon Valley and Japan』2007年12月9日)