西へ

来たときには、勤め人としてはここが最後になってもおかしくないと思っていたのに、三年半の時間を経て、また元のIT会社に戻ることになった。場所「い」から場所「ろ」に移った人間が、ふたたび場所「い」に行くのだから、「戻る」なのだが、仕事の内容はまるで異なるもので、自分としては西へと向かう気分。新しい時間を楽しみたいと自分に向かって語りかけているところ。

ひとつの場所に長くとどまることによって蓄積される知恵や、形成される社会的信用とは無縁の、あれこれと、あちこちと動きまわる人生を想像していた訳ではないけれど、偶然がそうした日々を与えてきたと解釈するのは間違い。そこには自分が思いこんでいたのとは少々異なるかたちで、自分の性格や個性の、簡単には白黒は付けられないとは言っても、やはり弱点と考えてさしつかえないものが如実に反映されているのだと、いまははっきりと思う。これは自分には制御できない。そう思うのである。

齢四十を過ぎてから「石の上にも三年」ということわざは真実だなとよく思うようになったが、出版社の三年半で、いままで見えていなかったものが見えてきた部分はやはり少なからずある。少しだけ長くいすぎたと思いもするが、仕事が自分の中で府に落ちる場所に落ち、「こういう人生も悪くないのかもしれない」と思い始めたのは、やはり三年を迎えた頃だから、つまりそれが仕事を覚えたという感覚のひとつの表現であると考えれば、やはりこれは一区切りをする時間としては適切であったのだと言ってしまっていいのではないか。

西へ向かいます。少し浮遊感もあります。