二つのタイプ

3年ほど前、株式会社DeNAディー・エヌ・エー)社長の南場智子さんの話を聞く機会があった。南場さんがeコマースのベンチャーであるDeNAでオークション・サイト『ビッダーズ』を成功させ、モバイルに浸透を図っている途上の状況報告と苦労話で構成された講演で、とても面白かった。

講演のすぐ後で、やはり講演を聞いた自動車会社の管理職の人(Aさんとしておこう)と言葉を交わしたのだが、彼は僕が面白がった話を根っこのところで南場さんのスタンスを批判的に受け止めており、それがとても印象に残った。「南場さんのお話、いかがでした?」と尋ねると、Aさんは「すごい成功物語なんだけど、なんかちょっと違うんだよね」とおっしゃるのだ。

「僕らの仕事だと、ともかく自動車ありきなんですよ。僕なんかも、常に自動車のことばかりを考えている。ところが南場さんの話を聞いていると、そういうものの存在って感じられないような気がする。そこに違和感があるんですよ。eコマースっていうか、流通っていうのは、本来そういうものなのかなあ」

自問自答するようなこの方の表情が記憶の片隅に残っている。彼が「どこか砂上の楼閣のような」という表現を使っていたのも覚えている。ものづくりにこだわりを持つ人、そういう仕事しか知らない人にとっては、オークション・サイトのビジネスが実体のない、よく分からないものに見えるというのは実に率直な反応だなと感心した。何かちょっと出来過ぎたような話だが、でもこれは作り話ではない。オークションからモバイルに進み、ゲームサイト『モバゲータウン』の大ヒットで一世を風靡している南場さんの成功に、いまAさんはますます目を丸くしていることだろう。

僕はそもそもビジネスのセンスに欠ける人間でもあり、南場さんの方向、自動車屋のAさんの方向のどちらに与するという姿勢を取るつもりはない。Aさんの自動車にかける情熱には、端で少し聞いているだけでもひしひしと感じられる熱さがあり、そんな話を聞くと「ものづくりって素晴らしいな」「それに心中するほどこだわる具体的なものがあるのは素晴らしいな」と思う。日本を支える製造業の現場には、こうしたマインドの方が少なからずいて、実体的にその情熱が日本の経済を支える屋台骨になっているのではないかと思う。

一方、Aさんが「何でもありで節操がない」と受け取った南場さんの場合、ご自身のビジネスの中にAさんにとっての自動車のような目に見えるこだわりの対象は見えないが、だから節操がないのかと言えば、それは少し違うように思う。南場さんのDeNAは「eコマースの推進」をミッションに掲げているが、おそらく本質的にはITを活用した流通プロセスの革新自体に南場さんの目は向いているのだと思う。そういう出来上がっていない何か、新たに作り上げるべき、今はイメージやコンセプトの段階である何か、そもそも目に見えにくい何かに対するこだわりがはっきりと存在するはずだ。

ものづくり日本の気概がなくなれば、あるいはこれまで培ってきた仕事への愛情を軽んじるようでは亡国の道が待っているように感じられると同時に、新しい何か、見えない何かに立ち向かう勇気を常に認めなければ、やはりこの国の将来は明るくないとも思う。どちらが正解という狭い了見の話ではない。