ゴミ箱の蝉

夜半に我が家のベランダで大きな声を立てていた蝉が、洗って乾かしていた円筒形のゴミ箱の中にぽたりと落ち込むのを見た。寝る直前のことだ。あんなところに入りやがったとは思ったが、とくに気にすることはなかった。

ところが、その円筒形は蝉にとっては思いの外大きな深みだったらしく、寝入っている間、周期的にじたばたと大きな羽音を立てる。助けてやろうという気はあるのだが、眠気の方が勝って体が動かない。結果的には夜の間、じたばた、じたばたという音を聴き続けていた感があり、なんだか気分が疲れてしまった。

朝の6時にゴミ箱をひっくりかえしてやったら、いっときコンクリートの床の上でじっとしていた蝉は、意を決したかのようによたよたと夏の大気の中に飛び出していった。だいぶ体力を消耗したんじゃないだろうか。

蝉に自我があったならば、恐怖と苦痛の一夜だったろう。もしかしたら、彼にもそれに類したものが備わっているかも知れないとすれば、とても申し訳ないことをしたと思う。僕も天の高みにいる者から見れば“ゴミ箱の中の蝉”であるはず。じたばた、じたばたと。何が正しい行いかなど簡単には分からない。きっと、そういうものだ。