歯医者にて

歯医者に行った。一昨日、夕食を食べていたら、ジャリッと口の中で異音がした。年末には詰めていた金属がはずれて新しいものにしたばかりなのだが、今度は口の中に金属も、その破片も見つからない。どうやら左上の歯そのものが欠けてしまった様子である。前歯のすぐうしろ、奥歯が始まる辺りにぽっかりと大きな穴がなんとも空虚に開いている。痛みがないのは幸いだが、これも老化の一端かとまた少々心細くなる。

というわけで、今日の午前中、歯医者に行ってきた。初めて訪れた地元の歯医者さんは大して広くない空間に6つの治療用の椅子があって3つずつが背中合わせに並んでいる。3人の先生がそこを行ったり来たりしながら治療をするシステムである。

長椅子にもたれて治療を待っていると、背中の方からものすごい泣き声が上がった。どうやら小さな女の子が、初めての虫歯の治療なのだろうか、痛みに耐えかねてわんわんと泣き出したのだ。声の調子からすると、まだ学齢期前じゃないかと思われる相当小さな患者さんだ。お母さん、お医者さん、スタッフの歯科衛生士さんがなだめすかしながら、なかなかたいへんな治療である。

くだんの女の子は「ぎゃーっ」と泣き通し。すごい大声で泣きわめき続ける。ほとんど悲鳴である。自分の子供がそうした時期を過ぎてしまうと、小さい子供の泣き声はむしろ可愛らしい存在であることの方が多いのだが、こう真剣に泣かれるとさすがに聞いている方も疲れてきた。歯医者さんも楽じゃない。そうこうするうちに、周りの大人たちの「はい、終わった」「よく頑張ったね」という声が聞こえてきて、どうやらやっと治療は終了の様子。こちらもほっとした気分である。

女の子は痛みが続いているのか、恐怖心の故か、それでもまだわんわんと泣き続けている。その泣き声の向こうから、彼女の言葉が漏れてきた。盛大な嗚咽と同時に、何かひとこと、ふたこと、不明瞭ながら何かをしゃべっている。それを歯科衛生士のお姉さんが聞き取った。女の子は泣きやむことができない最中に、なんと「ありがとございました」と言っていたのだ。

人間捨てたものじゃない。得をした気分の土曜日の朝になった。
ところで、自分の歯の欠損は、となりの金属の下にできた虫歯が隣の歯に侵入して根本が弱っていたのが原因らしい。処置後に「もう一回で治療は終わります」と先生から聞いて一安心である。