吉田秀和さんの番組のこと

昨日の朝、見終わって一晩が過ぎてから吉田秀和さんの番組のことを書いたのだが、その前から異変と呼ぶに相応しい事態は始まっていた。僕のブログは一日に百台の後半、多い日でも二百数十といったページビューが普通で、たまたま梅田望夫さんがリンクを貼ってくれただとか、「はてなブックマーク」にひっかかるだとかの偶然がないと五百をこえるような大きなビューには届かない。ところが、翌朝確かめてみると、吉田さんの番組が始まった夜の10時から急にアクセスが増えており、11時台には1時間に百数十に増えている。昨日中、このペースが続いて驚くと同時にちょっと気持ちが悪かった。テレビ番組が契機になって自分のブログに人が来るのは初めての経験で、テレビと検索エンジンの影響力を身を以て思い知しらされた次第である。


で、チェックをしてみると、ほとんどすべての方がYahoo!で検索してやってきている。なぜか、「吉田秀和」で検索すると僕がこのブログで最初に書いた吉田秀和さんのエントリーがトップにあるのだった。googleでは、こういうことは起こらない。Yahoo!アルゴリズム、馬鹿なんじゃないの。また、そのトップに置いてあるエントリーが、今読むとうーんちょっとなあと思いたくなるようなもので、まあ、一度発表した文章は自分のものであってないようなものだから、もう仕方がないのだけれど、こういうことがあると「たかがブログなどと侮らずにちゃんと書かないと」と思わずにおれない。尻を叩かれたような気分である。


ところで昨日、僕は吉田さんが小林秀雄さんのことをはっきり批判したと書いた。番組自身を御覧になっていない方のためにひと言補足をしておきたいのだが、内容的には否定しがたい批判だったのは紛うことなき事実ではある。ただ、その調子は「こんな機会のついでだからひと言話しておくとすると、本心ではこんな風に考えていたんですよ」といっているような感じで、笑顔の中に自分のしゃべる内容に対するはにかみが前面に出てしまうところが吉田さんのお人柄を表しているなあと思った。


このことを書いておく気になったのは、番組を御覧になれない海の向こうから、思いがけず梅田望夫さんがトラックバックを送ってくれたからだ。梅田さんにはITや米国にまつわる個人的な感想は読んでいただくことがあっても、こういうものをお読みいただいているとは思いもよらなかった。吉田秀和さんのことについては、僕は自説を広めようだとか、人を説き伏せようだとか、受けを狙おうといった気持ちはこれっぽっちもない。純粋に「好き」で文章にしているだけで、大勢の人に受けるとも思っていない。それだけにこうしたトラックバックは「望外の幸せ」である。

その梅田さんがこう書いている。

名文だと思う。これはたぶん昭和四二年に書かれたものなので、今から約四十年前。吉田が五十代のとき、むろん小林は生きていた。

吉田さんは『モォツァルト』と小林さんをはっきりと批判していた。自分ならもっと書けると思ったと語っていた。小林さんの『モォツァルト』は音楽的とは言えないとも。

という最近のインタビューも四十年前のこの文章も、どちらも吉田の小林に対する本心なのだと思った。
(■吉田秀和「小林秀雄」(吉田秀和全集10所収)(My Life Between Silicon Valley and Japan))


そう、どちらも本心なのだと思う。文章を書いたり表現したりするのは、水面上の木の葉のようにゆらゆらとたゆたう自分の心を、ある瞬間に写真にとって見せるようなもので、そこには常に決断とある種の諦念とがついてまわる。だから我々は繰り返し、繰り返し表現への欲求に駆られるのだ。