御殿場に富士山を見に行く

昨晩、帰宅してから突然思い立った。
「そうだ、明日は御殿場に富士山を見に行こう!」
晴れた日には我が家からでも富士山は見える。しかし、望遠レンズで拡大したのではない、ほんものの、大きい富士山を見たい。そう思った。新聞の天気予報を見れば明日は晴れる。ならばいくべし。思い立ったが吉日と、カメラを携え、7時過ぎの電車で2時間弱の電車の旅に出発した。


小田原の手前、国府津の駅で東海道線を御殿場に向かう御殿場線に乗り換える。走り始めた御殿場線の電車から箱根の連山越しに富士山が真っ白い顔を出しているのが眺められる。さすがに近い。大きい。しかし、その富士山のの頭に雲がかかり始めている。いやな予感が少しする。


富士山が見える区間はたちまち過ぎてしまうが、御殿場線の旅は、なんとも楽しい。山里の合間を縫って走る電車は、乗っているだけでちょっとした旅行気分に浸ることができる。ときどき目に飛び込んでくる菜の花の黄色がまぶしい。


国府津の駅で御殿場線に乗り換える。久しぶりに乗るローカル線は新しいステンレス製の車両に模様替えしていた。


御殿場に着いたのは8時50分。日の光はさんさんと降り注いでいるのに、ホームから見える富士山にはしっかりと厚い雲がまとわりついている。これは間違いなく失敗だ。いっそのこと、改札口を通らずに引き返そうかとも思った。しかし、ここまで来たのだ。雲をまとった富士山もそれなりに風情があると考えれば、この土地を踏むことに意義はあるはず。ともかく駅を出た。


御殿場の無個性な駅舎。


一緒に電車からはき出された人たちは、みなバスに乗り換えて目的地に向かう。遊園地や、いくつかのレジャー施設、商業施設に出かける目的で来た人たちだ。これに対して、今日の僕には目的地がない。御殿場から富士山を眺めるのが目的だから、もうこれ以上いくところはない。しかし、ともかく、少し郊外の、山国の風情があるところまで行きたい。そう思って、富士山の方向に歩き出した。昨晩、御殿場のウェブサイトをざっと眺めて、だいたいの位置関係をぼんやりと頭に入れているが、地図は持っていないし、目的地はない。ともかく、富士山方面に向かって道を歩く。


御殿場の肉屋さんには「すそのポーク」が売られていた。


駅から富士山方面に向かう道。米屋さんの先に富士山を望む。


雲は富士山と御殿場の間に居座って、意地悪にも富士山頂付近の視界を遮っている。少し長居をすれば切れる雲かもと楽観的に構えてみるが、厚ぼったい雲は動かない様子。それどころか、少しばかり富士山を隠す分量が増えてくるようにも見える。途中で通りがかった神社で写真を撮り、さらに富士山方面を目指すが、「御殿場市街まで3キロ」の標識が見えたところで、これは埒があかないなあという気分になってきた。御殿場は富士山の裾野だから、少し駅を離れればどこからでも山の写真が撮れるだろうと気楽に構えてきたのだが、御殿場は「裾野」だからたしかに広いし、空も大きいが、写真のモチーフになるかと言えば、そうでもない。何よりも電線が縦横無尽に伸びて、あちこちに散在する民家をつないでおり、景観の邪魔をする。どこか、大きい畑に行き当たればいいと思うのだが、そうはとんやがおろさない。


けっきょく、「御殿場市街まで3キロ」から1キロほど進んだところで写真を少しだけ撮ってから引き返した。富士山がどんどんお隠れになるようでは、このまま進んでも仕方がない。せっかく来たのに残念だけれど、今日はここまでだ。


今日の富士山。燦々と太陽は輝いているのに、山頂前に居座った雲は動かなかった。


御殿場は間違いなく車社会のようで、行き交う車の数は相当のものだが、それに反して歩行者は少ない。4キロ歩いて追い越した人は一人も行かなかった。あちらとこちらから互いに通り過ぎたのがほんの数パーティ。でも、そのうちの2パーティと素敵なコミュニケーションを持つことができた。最初に通り過ぎたのはピンクのジャンパーを羽織った見る小学校の低学年の年頃の姉妹。楽しそうにおしゃべりしながら歩いてきて、通りすがりに満面の笑顔と大きな声で「こんにちわー」と言ってくれたのだ。「こんにちわー」の輪唱につられて、こちらも「こんにちわー」と返したとたんに嬉しくなった。東京・横浜で見ず知らずの人からこんな風に挨拶されたのはいつぶりのことだろう。


そこからわずか数百メートル駅に向かって下ったところで、今度は自転車の乗った作業着姿のおじいさんが歩道をやってきた。僕はその自転車をやり過ごそうと、一段低い車道へ降りた。それを見たおじいさん、入れ歯をはずしたようなしわくちゃの顔をほころばせながら、二度、ゆったりと大きなお辞儀をしながら僕の脇を走り去っていったのだ。自転車の上からとはいえ、見ず知らずの方からあんなにきちんとしたお辞儀を頂戴したのはいつぶりだろう。


リアルの世界で挨拶をし会う人間関係はごく限られているし、ウェブの上でもそのコミュニケーション能力に首をかしげたくなるような御仁はごまんとて、やれやれと思うことが多い。それだけに、と言ってしまっていいだろうと思うのだが、続いて起こった二つの小さな出来事が体の中に燃料を注入してくれた。富士山と対面する作戦は完遂できなかったが、今日の御殿場は悪くなかった。


御殿場駅へ戻る道すがら、駅をはさんだ東側にならだかに鎮座する箱根の山並み。こんな風に電線が道すがらの風景を邪魔する。



南西方面に見えたこのきれいな山はなんだろう。愛宕山か。


ところで明日の夕刻、山本弘画伯の展覧会を観に行く予定。個人的にこれはとても楽しみ。

■六本木ギャラリーMoMoでの山本弘展(『mmpoloの日記』2007年3月21日)