再度『シリコンバレー精神』について

シリコンバレー精神』について書いた昨日のエントリーには、著者の梅田望夫さんからソーシャルブックマークを付けていただいた。感想を一言吐いたら本の著者からたちどころに反応があるなどということは、僕がこれまで暮らしてきた世界では決して起こりえない話のはず。それなのに、どういうわけか僕は著者から自然な呼びかけがある世界にだんだん馴染み始めているようだ。不思議なもので。

ところで、昨日の続きで、もう少しだけ『シリコンバレー精神』の話をしてみたい。昨日のような書評めいた文章を書いてみましょうモードを離れて、僕が個人的にとても印象に残った話について書いてみたいと思ったから。

それは「人生のギアがぜんぜん違う」という一編。梅田さんの奥さんが日本語の先生を務めるヒューレット・パッカード勤務のスティーブさんに誘われて、二組の家族が一緒の夕食後に散歩に行き、たどりついた丘の頂上から「はっとするほど美しい」サンフランシスコ湾を眺める。素晴らしい風景の中で梅田さんは優秀なエンジニアであるスティーブさんにベンチャーに行く気はないのかと尋ねる。それに対してスティーブさんは答える。

「考えたことがないな。人生のギアがぜんぜん違うからね。たとえばこんな風に気持ちよく歩くことなど絶対にできない」

それを聞いて梅田さんは、“シリコンバレー的成功の対極にある「生活者としての幸福」を意識的に選び取る”ことの価値に思いをはせる。それだけの、おそらく本編に含まれている60余のエッセイの中でもっとも単純で非技巧的、本編全体からすれば幕間の休憩のようなストーリーなのだが、むしろ肩の力が抜けているだけにコンサルタントやビジョナリーとしてではない梅田さんの感性がとてもよく表れていて素敵だなと思った。

同じ“仕事と生活”の文脈で、「米国は更なる競争社会へ、避けがたい『苦い味』」という一編の最後は次のように結ばれる。

「苦い味」とは、起業も個人も「人間の限界を超えつつあるスピードで競争し続けて生きる」ことを強いられる世界になってしまったということだ。このストレスに果たして人間の社会は本当に耐えられるのだろうか、そんなことばかりを最近考えている。(p140)

いつかあらためて梅田さんにこうした主題を展開してもらえればと思う。