消化不良? 消化不能!

ビッグバン宇宙論 (上)

ビッグバン宇宙論 (上)

サイモン・シン著『ビッグバン進化論』を読了した。宇宙の不思議を読み解こうと努力をしてきた人間の歴史を一冊に凝縮した一般向け科学ノンフクション。著者のサイモン・シンは、『フェルマーの最終定理』『暗号解読』という二つの著書が同じ青木薫訳・新潮社刊で紹介されており、読書好きには絶対におすすめ、何れも読んで損しない一冊だ。

先の二冊がわれわれ一般大衆になじみが薄い分野を取り上げ成功したのに対して、最新刊の『ビッグバン進化論』は、歴史も、関与している科学の領域も、影響力も、大衆への話題性も比べものにならない大きな領域を対象としている。これを一人のライターがまとめたのに驚くだけでも本書を手に取る価値はある。

新しい理論を組み立てる科学者はなぜそんなことを思いつくのかというほど突飛な発想のジャンプを見せる。その決定的な瞬間が繰り返し、繰り返しわかりやすく提示される気持ちの良さがシンの科学ものの特色だ。読んでいて、強いスポーツチームのファンになったような得した気分になれる。

そこに人間くさい数多くのドラマが絡んで進行する。人生を切り開こうとする克己の精神、ライバルに対する反目や嫉妬、先達や同僚に対する尊敬と友情、人知を越えたと思えるような偶然がもたらす歴史上の成果。落胆と歓喜。僕のような非科学的人間が、サイモン・シンの著作を読んで感銘を受けるのは、そうした人間のドラマの生々しさだ。

サイモン・シンの本はめちゃくちゃ面白いが、同時に独特の消化不良感が残るのも事実だ。あまりに難しいことがあまりに要領よく説明されている。宇宙の謎に迫る科学者たちのその時々の課題が何で、どのようにアプローチし、どのような成果を手に入れていったのかを要領よく説明してくれるのだが、素人に対する説明が不可能な説明を可能にするために、著者はときに「科学者Aはとにもかくにも最終的に答えを見つけました」みたいに説明をはしょる場面に出くわす。実は本気で説明されてもこちとらの頭の出来では絶対に分からないはずだから、そのことに文句を言う筋合いではないのだが、ときに「いったいなんだったのだろう」と思ってしまう。つまり、実は科学的な説明についてはシンの文章力の魔法で分かったような気になっている自分がいるだけなのだ。

今日のバックグランド・ミュージックはベームウィーン・フィルブルックナー交響曲第4番。言わずとしれたこの曲の名盤だが、聴くたびに4番を含めてそれ以前のブルックナーってへんだなあと思う。ちょっと言い過ぎかもしれないけど。