洗練されたビューアーがブログを進化させんことを

自分自身のニーズとしてはっきりわかったことがある。僕がいま欲しいガジェットは、電子出版を読む端末ではなく、ウェブコンテンツをもっと手軽に、目に優しく、気軽に、紙の雑誌を読むようにして読むデバイスである。

この数ヶ月、電子出版のニュースはウェブ、マスメディア、産業界全般をかけめぐり、展示会に専用端末を置けば人だかりができる状況が続いている。しかし、本をさまざまなメディアで読む未来が、シーズ側からの提案というだけではなく、率直な読者のニーズの延長線上にあるものとして想像できずに、なんだか気持ちの悪い思いを抱いてきた。

いままでのところ、納得できる説明を受け取ったと感じたのは、ペーパーバック読みのid:pho さんが書いていた「電子書籍の方が紙のペーパーバックよりも扱いやすい」という主張と、茂木健一郎さんがブログに書いていた「複数の文献を常に持ち歩くのに比べて利便性が高い」という理由、さらに広い層に訴求する話としては、家の中で場所を食っている本棚が要らなくなるという点。それぐらいである。最後の点については、僕も昨年後生大事に飾っていたり、押し入れにしまっていた書籍を処分したばかりなので、ほんにビットには重さがないなあとしみじみ思う。アトムの重さが嫌な人は、重く、かさばるリアル図書よりも、百冊持っても同じ重さの電子書籍。これはわかる。

でも、とりあえずは、それだけではないのか? そう言ってしまってはまずいだろうか? 誰が考えても、その他の要素ではほとんど紙の書籍が勝つのだから、電子版をはやらせようと思ったら、価格で釣るしかないんじゃないか。僕の想像力はここで止まってしまい、電子書籍による価格破壊だけが進行する現実の世界を思い描いてしまう。

もちろん、本読みにとって安い本が買えるのは幸せである。しかし、そのためには電子書籍ビューアーが必要である。Kindleでは英語の本しか売ってないから、iPadを買おうか、それとも年末には日本メーカーからも新しい機種が出るだろうから、それを待とうかと思いは乱れる。でも安いのがとりえなら、楽しみだけの本ならブックオフで買い物すればいいんだし、高い金だして買っても使うかどうかわかんないし……。と、電子本と電子本端末への思いは、僕の場合すぐにへたれる。「700グラムの馬鹿でか iPhoneなんか、やっぱり買わないし!」などとわずか二ヶ月前に抱いていた夢の端末への多大の興味は何処へやら。

書籍用端末の必要性を語る際に、「パソコンでは長い文章を読むのはいささか辛い」という理由が必ず持ち出される。僕もそう思う。「辛い」というのは、ウサギ跳びで陸上競技のトラックを10周するのは「辛い」という辛さでもなく、鰻重にタバスコをまんべんなく振りかけ、その受けにケチャップを塗って食べるのは「辛い」という辛さでもなく、ウルトラマンスペシウム光線を10秒受け続けるのは「辛い」という辛さでもないが、やはり「辛い」の範疇に入る何かを持っているのは間違いない。ラジオ体操を毎日続けるのが「辛い」だとか、そんなつ辛さに少し近い、でももっと微妙で自覚と無自覚の境目に存在するような辛さだ。

iPadに関しては、日本で発売される前から「寝っ転がって電子書籍を読める楽しさは、体験してみないとわからない」という類の褒め言葉が米国のジャーナリストから発っせられていた。それらの言葉に刺激され、またついには我が国でも手に入るようになったiPadを実際に見、さわる体験を経て、そのよい部分も実感するようになった。700グラムというおまけがなければ購入してもよいと思うのは、取り扱いの容易さと画面の美しさは本物だと信じるから。画面について言えば、紙には劣る。しかし、毎日見続けている勤め先や自宅のパソコンに比べれば、実に見やすい。May the force be with you. フォースとともにあらんことを。

画面について言えば、紙には劣る。そう考えながらごく当たり前のことを気がついたのである。つまり、iPadや、これから市場に供給される電子書籍バイスは、これまで紙を経験したことのないテキストたちにとっては間違いなく従来にはない新しい舞台になるということだ。これまでパソコンの上では実質的に読むことができなかった紙の一般書籍が、それらのデバイスでなら十分に読める、楽しめるというほどに画期的な場所であるならば、Webマガジンや電子新聞や、そしてブログには新しい可能性が見えてきてもおかしくはないはずだ。僕が端的に期待をするのは、これによって分量的に長い文章が読みやすくなり、そうした障壁の低下を味方につける読み応えのあるブログが出てくることである。そのとき、電子書籍の側は青くなるはずである。彼らが有料であり続けることができる理由はどこにあるのかと。それとも、電子書籍の側はうれしさにほくほく顔になるだろうか。新しい著者が手に入るぞと。