衝動買いの記録

衝動買いの記録である。話を聞いた5分後に注文をしてしまったから、本物の衝動買いと言ってよい。僕は中途半端な欲望にそそのかされて、よく調べないうちに金を支払ってしまう駄目な消費者なのだが、こうした本物の衝動買いをするのは珍しいと自分でも思った。それも買ったのがカラヤン交響曲全集となると、“アンチ”を自認してきた身としては頭を掻きたい気分でもある。音楽仲間のYさんからは「中山さんがカラヤンを衝動買いするとは不思議で、面白い」と書いたメールまでもらってしまった。

思わず買い物に走った理由は二つあって、第一に馬鹿らしいほどのディスカウント価格であること。端緒は、やはり音楽友達のOさんから届いたメールの中に「こんな調子だからカラヤンが1枚230円になっちゃうんでしょうかねぇ…。」とひと言書き綴ってあるのが目にとまってしまったことにある。気になってウェブを検索してみたら、70年代から80年代にかけて彼が発表したハイドンモーツァルトベートーヴェンメンデルスゾーンシューマンブラームスブルックナーチャイコフスキー、これらが全部入って1万円しないのだという。彼のブルックナーの全集が簡易包装版でCD屋の店頭に並んでいるのを見ながら、日ごと「買おうかな。やっぱり、もったいないからやめておこうかな」と思案していたのだから、飛んで火に入る夏の虫である。そのブルックナー全集が9枚組で8,600円。これにあと600円足せば、ハイドンの後期の有名どころ、モーツァルトの30番台以降、ベートーヴェン9曲、メンデルスゾーン5曲、ブラームス4曲、チャイコ6曲までが全部おまけについてくる。最初は何かの冗談かと思った。予約を入れた直後に「老後の楽しみ」という言い訳が浮かび、サブプライムで誰かが手放した豪邸を二束三文で手に入れた御仁もこんな風にいやらしい喜びの感情を持つのだろうかと幼稚きわまりない空想が頭に浮かんでしまった。ほとんどの曲が、音楽鑑賞に熱を入れていた子供の頃に、現役盤として一枚2千数百円で売られていた代物なのである。それが32枚入って9千円ちょっと。カラヤンもついにバナナの叩き売りと同じように売られ始めたかと恐くなった。『クラシックが亡びるとき』である。

二つ目の理由はカラヤンがかつてほど嫌いではなくなってしまったことで、こちらの方が理由としては大きいのかもしれない。日本のマスコミが“帝王”などと呼んだこの人物が生きていた頃、それもよぼよぼになりながらあの壮麗な音の伽藍を構築していた80年代後半ではなく、スノビズムの権化のようだった70年代のカラヤンには、映像からですらぷんぷんにおってくる自己陶酔の強烈な香りがした。もちろん、元トップモデルの奥方、レーシングカーや自家用飛行機の運転といったゴシップ的情報がその印象を増幅したことは否めない。フルヴェン、ワルタートスカニーニクレンペラーベームといった人たちの音楽とは明らかに異なる流麗さが底の浅さと聞こえたのは、あの当時のことを思い返すとむしろ自然な反応ではないかと思うのだが、あれがベームのような風采の人物から生み出される音楽であれば、そこまで忌避することもなっただろうと思う。比較的最近読んだリヒテルの伝記的作品には、彼がカラヤンロストロポービッチと録音をした際に、カラヤンが練習時間を切り詰めてレコードジャケットの写真撮影に彼らを駆り出した話が、本人にとって実に不愉快な思い出として出てくる。いかにもカラヤンらしい挿話としか言いようがない。

続きはまた今度。

Karajan Symphony Edition

Karajan Symphony Edition

リヒテル

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