ドジな話

友人たちとの歓談は6時半からの予定だった。仕事の都合でその時間には間に合いそうにない雲行きになり、「先に始めていてください」と朝にメールを一本打っておいた。それでもなお、出先でのミーティングは予定外に長引いてしまった。飲み屋の場所を確かめるためにいったん帰社するとなると、かなり遅くなってしまう。正確な場所と店の名前をうろ覚えのまま、しかし何度も訪れて十分に地理を頭に入れているはずの街に出向いた。うろ覚えではあったが、なんとかなるはずだった。東京の下町、人形町谷崎潤一郎が生まれた土地だ。


だが、ところが。あるはずの場所に店がない。覚えたはずの店の名前が出てこない。悪いことに店は携帯電話の電波が届かない場所らしい。8時過ぎについて、結局1時間もうろうろと薄暗がりの路上を無益に徘徊し、いくつかの店の入り口で予約がないことを確認するのが精一杯。自分が言い出しっぺになって声をかけた集まりに辿り着けずに終わってしまった。名前が出てこないのも、思い描いていた場所にお目当ての看板がないのも十分ありえるのは本当は分かっていたはずなのに、地図の記憶だけは大丈夫だという過信を捨てきれなかったのがいけなかったのだ。少し前までは、方向感覚と地図を読むことには人一倍自信があった。最近その過信をたしなめるような経験が続いている。やばいなあと思う。


谷崎の街は、表通りを一歩入ると碁盤の目状の通りは街灯が少ない。暗い路上にネオンがところどころ光り輝く空間をいったりきたりしながら、まるで自分の記憶の迷宮のなかで迷子になったような、夢の中をとぼとぼと歩いているような無力感にさいなまれてしまった。


後で地図を確認したら、目安として頭に入れていた大きい交差点が一筋間違っていたのだった。すっぽかしてしまった皆さん、ほんとにごめんなさい。