初島に悪人はいない

熱海から10キロの海上に浮かぶ初島(はつしま)で遊んできた。二十数年来お世話になっているかつての職場の先輩で熱海在住の山本さんご夫妻にお招きを受け、昨年の夏以来の熱海訪問である。

曇天に始まり、途中からは強い雨風に打たれるあいにくの一日となったが、地元の若いガイド氏の案内で一周4キロの島内を回る半日の旅には普段にない刺激を受けた。初島はなんでも縄文時代から人が住んでいたのだそうで、小さな島なのに源実朝の歌に詠われていたり、江戸城の石垣の石を切り出したりと、歴史の匂いが濃厚に漂う土地だ。

箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ
金槐和歌集に収録された実朝の歌)

島の人口は240数人で41戸と教えられたが、次男坊以下は島を去り、女の子はお婿さんをとって41戸を江戸時代から今に至るまでずっと守っているそうな。島に住むよそ者は学校の先生とホテルの一部従業員だけだという。
すれちがう主婦が「こんにちは」と声をかけてくれる。東京や横浜ではありえないことだし、おそらく海を隔てた熱海だってそうだろう。ガイド氏は「ここには悪い人はいません」ときっぱりと口にする。海を10キロ隔てただけなのに、そこは目に見える以上に別世界である。