「ブルックナーの5番はどの録音がよいか」補筆

書き足りなかったことを少し付け加えておきます。
ブルックナーの5番は4番、7番、8番あたりと比べると実演で取り上げられる頻度は低いですから、そもそもそれほど熱心にコンサートに通わない僕の場合実演で聴いた回数には限りがあります。数えてみたらたったの4回でした。ですが、聴くたびに「よい曲だなあ」という思いは募る、相性のよい曲でもあります。

最初に実演を聴いたのはドホナーニ指揮のクリーブランド管弦楽団。鋼でできたようなブルックナーでした。録音で聴けるのも同じ解釈の演奏です。次がおそらくアバド指揮のベルリン・フィル。私が聴いたのはニューヨークのカーネギーホールですが、その後すぐに東京で同じ演目をこのコンビで演奏したはずなので、お聴きになった方もいるのではないかと思います。これは「でかい音だせばいいのか。コラールを強烈に繰り返すだけでいいのか」と言いたくなるがっかりの演奏でしたけど。
次がミュンヘンのガスタイクで聴いたマゼールミュンヘン・フィル。マゼールブルックナーはやたらとテンポを動かすので、聴いていて落ち着かないというイメージがありました。以前、東京で8番を聴いた印象です。ですが、このときの5番は素晴らしかった。オケがよかったというのもあるでしょう。アメリカのオケばかり聴いていた時期に触れるミュンヘン・フィルの弦、管は違った楽器に感じられました。
もっとも最近は2002年だったでしょうか、ブロムシュテットとゲバントハウスがサントリー・ホールで開いた演奏会で、これは演奏会後の新聞評などもよかったのですが、僕自身が体調不良で残念ながら楽しめませんでした。同じ曲を同じ演奏で聴いても、受け取るものはリスナーの状況に大きく左右されてしまいます。

実演で「やっぱり聴いておけばよかったなあ」と残念に思うのは朝比奈隆さんのシカゴ交響楽団客演です。その当時、ニューヨークに駐在していた僕に珍しいシカゴ単身出張があり、「よし、シカゴ響を聴こう!」と電話でチケットを購入しました。そのときの演目はズッカーマンが弾き振りをするモーツァルトのバイオリン協奏曲というおとなしいプログラムでした。で、電話口でカード番号を教え、名前を言ったら「タカシ? アサヒナと同じじゃない」とオペレータさんが言うじゃないですか。
「?」
なぜ世界最高峰の交響楽団の事務方が、世界的には知られていない朝比奈隆の名前を知っているのか、一瞬何がなんだか分からなくなりました。聴けば来月シカゴを振りに来るというじゃないですか。あの当時は「よりによって朝比奈をシカゴで聴かんでも」と思ったのですが、いま考えたら、無理をして二日の年休を取って、奥さんを拝み倒してでもシカゴまで聴きに行けばよかったと思います。もっとも、NHKで放送されたテープを今回ご質問を頂いたKさんから頂戴し、あとで聴いたのですが、いやぁ遅かったですね、朝比奈さんのテンポ。それはいくらなんでも、と思ってしまいましたが、お好きな方はあれがたまらないのでしょうか。やはり、ホールで生を体験してみたかった。


録音の話に戻りますと、昨日、「バレンボイム盤は」と書いたのですが、あとで考えたら第8番の演奏と勘違いしていましたので、あわてて削除させて頂きました。

昨日この話を読んでくれた音楽鑑賞仲間のYさんからメールをもらい、「そう言えば」と思い出した演奏もいくつかあります。ハインツ・レーグナーとベルリン放送交響楽団の演奏はアップテンポの爽快系だったと思うのですが、ちょっと毛色の違う5番。あとNHK交響楽団への客演で日本にはファンが多いマタチッチはチェコ・フィルとの5番が7番とともにデンオンから千円ちょっとで出ています。明らかに7番の方がいい演奏で、5番の方は「悪くはないけど」でしょうか。面白いのはマタチッチが終楽章のコーダにシャルク改訂版を用いている点で、最後はもっと派手に締めたかったという気持ち、なんだかよく分かります。2年ぐらい前にマタチッチはフランス国立管弦楽団とのライブが市場に出ています。

情報として付け加えておきますと、欧米でクラシック音楽録音のお勧め本として確固たる評価を得ているペンギンのCDガイドにあたってみたら、昨年の号では、シノーポリドレスデンの演奏が最高評価三つ星で、この曲の必聴盤という扱いでした。2,3年前に指揮台で亡くなったシノーポリが入れた最後の録音です。で、もうひとつの欧米の権威、グラモフォンのガイドにもあたってみたら、なんとこちらも同じ盤を勧めていました。僕はシノーポリドレスデンのコンビを2度実演で聴いて、その時はリヒャルト=シュトラウスでしたが、がっかりしたことがあります。でも、そこまで褒められるとちょっと聴いてみたいです。
ペンギンのガイドによれば、リッカルド・シャイーコンセルトヘボウ管弦楽団、若手のヴェルザー=メストの演奏にも高い評価が与えられていました。ちなみにこれらのガイドでは録音の善し悪しも評価の対象になるからでしょうか、クナッパーツブッシュフルトヴェングラーなどの名前は出てきません。

それにしてもこの第5番はブルックナーの静謐と雄渾が対位法的な旋律処理の中に見事に表現された名曲。聴くたびに圧倒されます。