マーラー

連休の最後にコンサートに行くことになった。曲目はマーラー交響曲第4番である。マーラーを聴くのは生演奏、録音を含めて久しぶりで、「この前にコンサートで聴いたのはいつだったろう」と思い出をまさぐると、どうやら10年以上前にニューヨークで聴いたサイモン・ラトル指揮のバーミンガム市響にまで遡らなければならないことが分かった。

20代には必死になってマーラーを聴いていたのに、見事にあっさりと聴くのをやめてしまった。マーラーの中に濃厚に含まれている青春の感情を刺激する成分に鈍感になってしまったのだと思う。その時期をもって自分の青春が終わったと規定するのは、普通の考えると滑稽だが、そんなに間違っていないのじゃないか。それほどマーラーにはくそまじめな自己陶酔の感触があり、それは若者の思い詰めがちな感情と容易にシンクロする。いったん、ずれてしまうと、独りよがりが強く聞こえてしまい、のめり込みにくいのもマーラーの音楽である。

かつて、NHK-FMで海外のコンサートの録音をよく聴いていた頃、カラヤン指揮のベルリンフィルで、マーラーの第4交響曲を聴いたことがある。カラヤンは実演ではしばしば振り間違える人だったそうだが、このときの実況録音がそうだったのでよく覚えている。この曲は「シャンシャンシャンシャン」と鳴り響くそりの鈴が冒頭から鳴り響く。このモチーフは終楽章で何度か印象的に繰り返されるが、このメロディが何度目かに登場するところでカラヤンが間違えた。一小節分早くキューを出してしまったのだ。

このときのベルリン・フィルがすごかった。カラヤンの棒にしたがって、シャンシャンと出てしまったプレイヤーはごく一部、聴いていて「あれっ!?」と思ったとたんに他のプレイヤーが見事に追従して、あれっという思いが何か間違いであったかのように、次の瞬間には全員が普通の合奏体制に移行していた。その移行の合間は短くはあったが、曲が止まるのではないかと一瞬思ってしまうほどには長かった。全曲が終わった直後、観客の拍手が始まる前の静寂の中で、照れ笑いが録音の向こうに見えるような「ja!」というカラヤンのしゃがれ声が聞こえ、それにつられるように会場から温かいどよめきと拍手が押し寄せてきた。「振り間違えちゃったけど、君らはさすがだね」という感じの「ja!」だった。CDでは聴くことができない、生演奏の豊かさ、面白さである。

このとき終楽章で歌っていたソプラノはエディット・マチスで、これはカラヤンが残した録音の組み合わせでもある。