迷子になる夢を見た

迷子になる夢を見た。
拳銃を手にした悪人やゴジラに追いかけられる夢、高いところから落ちる類の悪夢は子供の頃から数えきれないほど見てきたし、これから行くはずの場所に辿り着けない夢も定期的に見る。楽しい旅行に行く途中なのに、なかなか乗るはずの電車に乗ることができないというような。でも、自分の家に帰られない夢を見たのはおそらく生まれてはじめてなのじゃないかと思う。

夢の中で僕は数日間の仕事の旅から帰宅したばかりらしい。そこに友人のカワイ君が現れ、昔ながらの喫茶店のような、あるいは庶民的なバーのような体裁の店に連れて行かれる。明日から一緒に遊びに行こうと誘われるのだが、会社がある。「明日は仕事だから」と断ると、「なんだ、出張から帰ってきたばかりでもう仕事に行くのか?」と怪訝な顔をされてしまう。

夢の中で僕は、そんなこと言われても困るよと、それ以上の答えに窮してしまうのだが、目覚めたあとで、そのやりとりを思い返すと、怪訝な顔をした彼は正しかったのではないかと感じられて仕方がない。友人が明日から遊びに行こうと声をかけてきたら、その時は何をおいても付き合うのが筋ではないか。そうしてこなかった僕は、夢の中でも、夢の外でもだめな奴なのではないか。

そうして、家に帰れない夢を見た。
次の瞬間、僕は日本のどこにでもあるような没個性的な街中を歩いている。両側に狭い歩道があり、車道には車が行き交っている。うちはどこだろうと訝るのだが、この前にあるはずの我が家はどこにもない。いったいここはどこなんだろうと思って、向こう側を見ると背の低い山が家並みの向こうに見える。それを見て僕は、故郷福岡の油山だと思う。あれが油山ならあちらが南で、その反対が北だと道の反対側の家並みの方向を見ると、そこにも鏡に映したような同じ形の山が同じように鎮座している。どちらが南でどちらが北なのか。それがわからなくなると同時に、どこにいるのかがわからなくなっている自分がいた。
その先にあるはずの、目的地の我が家がない。そこで焦りと不安が一挙に首をもたげる。そうこうするうちに足はなぜか脇にある入り組んだ路地へと向かっている。小綺麗に整備されている狭い墓地を抜け(それは大阪の天王寺にある一心寺の墓地を思い出させる)、狭い道を下り始める。うろうろと道なりに進んでいくと、脇には二人の子供がいる。日本人に見えないので「どこから来たの?」と尋ねると、「……」と何かを答えてくれる。それを聞いて、そうかと思う。何がそうかなのか、さっぱりわからないのに。

場面はまた反転し僕は別の場所にいるのだが、家に帰らなければという気持ちは相変わらず維持されたままなのだ。井の頭線にそっくりの小ぶりの電車が木立が多い道の脇を走っている。そこで僕は向こう側から歩いてきた人に「あの電車は何ですか?」と尋ねる。すると、その中年男性は「布袋線(ほていせん)です」と答える。

「布袋線」などという路線は聞いたことがない。とすると、ともかくもここは我が家のある横浜ではないらしい。自分の居場所を確かめなければと思い、その男性に「その路線はどこからどこに走っているのですか?」とさらに訊く。彼が答えるに「品川から××」とかなんとか。「××」はなんと言ったのか覚えていないのだが、「品川」という単語を耳にして、ここは東京なのかと思う。住居は横浜なのに、いつの間に自分は東京にいるのか?

では駅に行こう。電車に乗って家に帰ろう。誰かに道を尋ねないとと思い、いいクルマに乗った、こざっぱりとした身なりの男性をつかまえて駅の方角を訊く。すると、彼は「私はこれからEXILEのコンサートに行くんです」と言う。「EXILEは子供がよく聴いていたので知っています」と返答したところまでは覚えている。彼は駅までの道順を教えてくれたのか、そのあとEXILEのコンサートに行ったのか、僕は家に無事帰れたのか。

新年早々、この歳で迷子かと自分自身に苦笑する。
ともかくも、あけましておめでとうございます。