我慢が社会をつくる

昨日話題にした『つながる脳』に関連して、もう少しだけおしゃべりします。
私たち一般の読者が脳科学者の啓蒙書を読むとき、自分自身の意識がどのように成り立っているのかというテーマを発見して知的にそそのかされます。それが脳科学に対する私たちの平均的な興味のあり方だと思うのです。いままで実存哲学や文学がもっぱら相手にしていた「僕ってなに?」というテーマに自然科学が肉薄しようとしているということですね。そのおもしろさを一般の読者に向けて堂々とアピールした傑作評論が小林秀雄賞に輝いた茂木健一郎著『存在と脳』でした。

これに対して、藤井さんの研究は脳と社会のつながりを明らかにしようとします。そこが藤井さんの研究の野心的なところであり、この本が刺激的である所以です。複雑な社会をかたちづくる人間には人と人とのつながりを円滑に操作する機能が脳のレベルで備わっているに違いない。そんな仮説を基に社会科学と脳科学の敷居をまたごうとするような、野心的な試みについて平易な文章で記述されているのが『つながる脳』です。

この本では、おそらく誰もが「へえ」と思わないではいられない実験結果が紹介されています。二頭のサルの間にえさを置く。すると、えさをめぐって二頭の間に競争が生じ、順位が生まれる。その過程を追いながら、藤井さんはその社会化の過程と脳の働きがどのように関係しているのかを考察するのですが、二頭の間に順位が決まり、下位のサルが相手に気をつかって我慢をするさまを観察しながら、「行動の抑制こそが社会の根本である」と述べるのです。

これには誰もが虚を突かれるのではないでしょうか。藤井さん自身が本書で語っているのですが、通常私たちは協調こそがコミュニケーションの基本機能だと思い込んでいます。コミュニケーションと聞いて“抑制”、“我慢”という言葉を思い浮かべる人はまずいないはずです。ですが、言われたとたんにはっとするのもたしかです。下の我慢が社会をかたちづくる。家族のこと、社会のこと、会社生活のこと。生活のさまざまなシーンを思い浮かべながら、いろいろなことを考えずにはおれません。
これ以上のネタバラシはおそらく反則になります。というわけで、本日はこの辺りで。


つながる脳

つながる脳