ベルリンでのN響演奏会評も拾ってみた

N響の欧州ツアーについて、ロンドンでの好評を紹介したので、遡ってツアーを開始したベルリンではどうだったのかも検索してみた。見つけたのはデア・ターゲスシュピーゲル紙の短い評。文章の長さは短いけれど、実にしっかりと聴き、きっちりと表現した一文に関心した。今日は全文を駄訳で紹介します。

■NHK Orchestra in der PhilharmonieEine Frage der Ehre(der tagesspiegel, 2017年3月2日)

名誉に対する問いかけ(フィルハーモニーにおけるNHK交響楽団演奏会)


[リード]
フィルハーモニーは東京からの訪問者を迎えた。パーヴォ・ヤルヴィと日本のNHK交響楽団である。ヴァイオリン独奏はジャニーヌ・ジャンセン。


[本文]
東京を本拠地とするNHK交響楽団が、その首席指揮者、パーヴォ・ヤルヴィとともにこのクラシックの中心地(もちろんベルリンのことだ)に登場する演奏旅行はこれが初めてである。一緒に仕事を始めてから二シーズン目を経過し、両者はお互いについてこれっぽっちも疑念なく理解しあっている。エストニア出身の指揮者は、彼が指揮する日本の音楽家たちが音楽に対して敬意を払い、仕事に名誉をかけて取り組む姿勢を評価している。一方のオーケストラは、苦労なく音楽を整えることができる、わずかな者しか持ちえていない彼らのシェフのとびぬけた立ち振る舞いに、間違いなく感銘を受けている。ヤルヴィがマーラー交響曲第6番で見事に投入に成功したのは、巨大な音楽的吸引力で110人の音楽家と85分の時間をハンマーの一撃の下、正しくまとめあげるその才能である。

マーラーだけではツアーの名詞代りにならないとばかりに、ジャニーヌ・ジャンセンをソリストに迎えてモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番が演奏された。ヤルヴィがクールにとらえ、彼の音楽家たちが最初の音符から非常に慎重に作り上げる枠組みからはじけとんでいくかどうか彼女次第である。ジャンセンは情熱的に音楽に没入する。軽い弓遣いを放棄し、時にしっかりと主張をする。その際、我慢を重ねているのに音楽の流れを断ち切ることがないのは驚くべき点である。


■弦楽器に温かみがない
ジャンセンとヤルヴィは互いをよく知っている。ドイツ・カンマー・フィルハーモニーブレーメンで一緒に仕事をし、素晴らしい成果を上げているのだ。とは言え、ヤルヴィの即物的でスポーティなスタイルを隠してしまうわけにはいかない。さまざまなオーケストラをシェフとして統括することに慣れているこの指揮者は、どこで指揮棒を振り上げるべきかをよく知っている。その一振りで、日本のモーツァルトはその様式と休みない幸福に集中し続けるのである。

一方、マーラーではオーケストラと指揮者はその繋がりの最良のものを見せることができる。巨大なオーケストラのゆるぎない組織化、一体となって演奏するソリストたちがそれだ。技術面での秀逸さはマーラーにとっては大きな武器になるわけで、聴衆は素晴らしいパーカッション、クリアに層化される音響空間に感嘆することになる。しかし、この夕べには足りないものが一つある。弦のもたらすべき温かみである。それがないために、NHK交響楽団は堅く生気が欠けて聴こえてしまう。ヤルヴィとともに感情の深みに降りていく勇気はさらにしっかりとしたものとなる必要がある。


これもロンドンの演奏会評と同様で、とても好意的な内容になっている。しかし、ベルリンという土地がN響を迎えることに慣れているというか、ロンドンの批評家が「聴いてみたらベルリンフィルとけっこういい勝負じゃないか」と言ったりするのに比べると、「N響のことは知らない訳ではない」というニュアンスがメッセージのあちこちに感じられ、読んでいて安心感がある。N響を語るというよりも、ヤルヴィとN響のコンビを語るという具合である。過去のツアーでの演奏を踏まえ、さらにヤルヴィとN響の関係も、きちんと本人たちに取材した上で文字にしているようだ。

温かみが足りないというのはロンドンでも出ていた話で、N響(に代表される日本のオーケストラ)の音と欧州オケの音を知っていれば、それはそういう苦情が出てきても仕方がないとは思うが、この評も欠点をあげつらうのではまったくなく、日本のトップオーケストラの実力に敬意を抱いた上での物言いになっている点で、ロンドンでの評や、それから言うまでもなく東京交響楽団で日本のオケを生れてはじめて聴いたドルトムントのメディア関係者の文章などと比べて(ドルトムントのやつと比べては申し訳ないが)上質に感じられる。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲で、ヤルヴィのザッハリッヒな解釈とジャンセンのニュアンスの彫が深いスタイルが必ずしも合っていないことを示すのに、「合っていない」というような直接的で品のない言い方をしないウルリッヒ・アムリンクさんの文章は、日本のオケへの対応ということとは別にたいへん勉強になる。