身辺雑記

吉本隆明著『フランシス子へ』を読んだ。吉本さんが亡くなる数か月前に取材した聞き書きの一冊で、一周忌にあわせるように出た本だから、もうすでにしばらく前から吉本さんの本はそんな風に出来ていたとはいえ、これを吉本さんの「最後の著作」と受け取るのは、やはりばかられるところなきにしもあらず。

そう思ったけれど、読後の感覚は紛れもない吉本のそれ。言葉を尽くしてきた思想界の巨人の最後の著作がこのしんとした雑談といった風情の一冊であるという、ちょっとすかされたような思いと、吉本さんの本を読んだという満足感とが矛盾せずに同居する。もうこの人はいないのかと、今頃になって、いまさらに思う。

このところ、ぼちぼちとしか本も読まず、一切の文章を書かず、何をしているかと言えば、テレビで野球をみたり、オーディオをいじって、あれこれの音楽を聴いているばかり。そんな風にしていると、いつの間にやら一行の日本語を書くのも億劫になるという事態を知る。こういう状態に自分自身を置くのは十年も二十年もなかったかもしれない。それどころか、成人してから初めてかもしれない。これから、目に見えてこんな風に自分の脳は枯れていくのか、一休みを経てまた読んだり、書いたり出来るようになるのか。

しかし、皆様のブログを読み、こうして他人事のようにブログに自分のことを書く、という所作は、結局のところある種の習い性になってしまっているらしく、どうやら、誰かに読んでいただける機会がここにあるという小さな確信のようなものが、自分にとっての最後の砦であるらしい。『フランシス子へ』を読んでの直接の感想文にはなっていないが、でも、これはそのようなものです。