東京国際ブックフェア

東京国際ブックフェアに行く。一昨年、昨年に続いて3度目の訪問だが、過去2度の体験と比べると、今年のショーの様子はかなり違って見えた。昨年まではいかにも本の展示会ですという体裁だったのに、今年はむしろITの催し物に出版社の出展がくっついているかのような印象である。出版社は個々のブースがいつもよりも小さく、出展社も減っている様子。ここに来ると、普段本屋さんに出ていない本や、値引き販売の本があって、買い物をするかしないかはともかく、それらを冷やかすのが楽しみなのに、今年は本の数自体が少ない。象徴的なのは輸入本のワゴンセールコーナーで、いつもなら会場奥の広いスペースに黒山の人だかりといった風情だが、今年は壁沿いにか細い一列が設けてあるだけ。「いちおうやってます」という程度で見る影もない。

ところが、帰宅してテレビニュースをつけると、NHKでも、テレビ朝日を見ても、この展示会の模様が紹介されており、今年は過去最大の出展数を誇っていると大々的に報道されている。映っているのは当然のごとく電子出版のブースである。

本国ですでに数十万台を売っているという中国メーカーの電子書籍リーダー実機が盛大に並べられ、富士通NECなどがプロトタイプを出品して注目を集めていた。プラットフォームや電子版の作成サービスなどが、まさに雨後の竹の子のように登場していた。

今年は世に言うところの電子書籍元年なのかもしれないが、しかしNEC富士通の試作機を触ってみても、これを使ってみたいという意欲は体のどこからも染み出してこない。むしろ、物欲は確実に減少し、夢は萎む感じすらする。Kindle端末について書いた感想の繰り返しだが、これらの端末、モノとしてのアピールが僕にとってはなさ過ぎる。砂浜やお洒落なカフェでKindleを手に微笑む美女という広告は、いまだに冗談のようにしか見えず、唯一目に見える範囲で期待していたiPadは、目下のところその重さに萎える。

「貧乏人は、これから電子端末で本を読みなさい」という風に宣伝しているようにすら感じられた東京ブックフェア。そこで見えた未来は、エンドユーザーの嗜好に応じて判型を決め、紙を選び、お好みの装丁家のブックカバーやページデザインを施して製本してくれる超プライベート出版サービスの登場である。僕の中では、テキストを創造するという作業と、それらを本と呼ばれる体裁にパッケージするという作業とがますます分離しつつある。付加価値はどこにあるのか。