R.カーソン著『46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生』

このノンフィクションの主人公、マイク・メイは、46歳のアメリカ人ビジネスマン。二人の息子の父親にして、シリコンバレーGPSを活用した盲人向けの誘導システムを個人や公共組織に売り込む会社を経営している。若い頃から動き回るのが大好きで何にでもチャレンジするのが身上である。自転車を乗り回し、乗馬やスキーに親しむ。アフリカはガーナの田舎で学校作りの肉体労働に充実するボランティアを体験したり、その体験を生かしてCIAに勤めたり、世界で初めてレーザーを使ったレコード用ターンテーブルを開発・販売するベンチャーを立ち上げたり、ひとたりともじっとすることのない半生を過ごしてきた。これらを聞いただけでも、普通には真似できないたいした人だと思わざるを得ないが、この人物がそれらのことを全盲の身の上で成し遂げていると聞いて驚かない人はいないはずだ。

本書は、盲人のスーパースターとでもいうべきこの愛すべき人物が、46歳でリスクの大きい視力回復手術を受けることを決断し、光を回復した後の奮闘を描いた物語である。いくつもの読みどころがある。目が見えないにもかかわらず、さまざまな活動のチャレンジし、自らの人生を切り開いていく彼の半生記だけでも面白く、読み応えがある。さらに目は見えなくても完全に満ち足りた人生を暗転させるリスクを冒して視力回復の手術を受ける決心をするまでの彼の家族、友人を巻き込んだドラマに心の辺りが温かくなり、手術を受けた後に見舞われる大きな困難に驚きつつ幸多かれと思わず支援を送りたくなる。僕は、この話を読むまで、自分が無意識にしている“見る”という行為が、本書のなかに記されているような、複雑で一筋縄でいかない機能であることに思い至ったことがなかった。

著者は沈没したUボートの謎に挑む男たちを描いた秀作ノンフィクション『シャドウ・ダイバー』(2005年、早川書房)の作者ロバート・カーソン。チャレンジすることを諦めない男の物語が醸し出す爽快な読後感と、脳の不思議に驚かされる知的興奮とを一つの物語に押し込めた手練れの作品である。挑戦する者を排斥しないよきアメリカ、さまざまな重圧に屈しないアメリカ人の強さにあらためて敬意を表する一冊にもなった。翻訳は『失われた場を探して』の池村千秋さん。するすると胃の腑に収まっていく自然な日本語は見事だ。夏休みの読書に、小さな声で(?)お勧めします。茂木健一郎さん推薦です。


46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生

46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生