カルロス・クライバー

土曜日の昼間にテレビを入れたら、NHKで来日演奏家の演奏を再放送する類の番組をやっていた。ちょうど、貫禄のおばちゃまになったアルゲリッチが、ラベルの協奏曲の終楽章をバリバリと演奏しているところで、その貫禄の演奏につられて自然と番組を最後まで見ることになってしまった。アルゲリッチの後には、短い時間、それぞれ15歳、16歳で、実にかわいらしい少年だったキーシンとレーピンの演奏があり、例のフィーバーを巻き起こした初来日公演の19歳のブーニン英雄ポロネーズがありで、この辺りはふんふんと何となく画面を流していたのだが、最後に86年のカルロス・クライバーバイエルン国立管弦楽団の組み合わせによるベートーヴェンの7番の交響曲が出てきて、曲が進むごとに映像に引きつけられ、演奏に魅せられ、聴き終わったのちにあれこれと思いを巡らすことになった。

この23年前の演奏会は会場の昭和女子大で聴いている。第一バイオリン側の端っこに近い比較的前の席で、クライバーが優雅に腕を振り、魔法のように音楽が生まれるのを眺めていた。テレビ番組では司会役の池辺晋一郎が「最後のカリスマと呼ばれた」とクライバーのことを紹介していたが、本当にそうだと思う。僕は、クライバー・マニアではなかったけれど、今になって「もっとナマで聴いておけばよかった」と残念に思う指揮者は、この人とカラヤンだろうか。聴いておくと言っても、彼のオーケストラ・コンサートが日本で開催されたのはこのときだけだし、オペラのチケットだって取るのは生半可ではなかっただろうけれど、でも、当時のクラシックのチケットはいまほど入手困難ではなかった。

カラヤンも、クライバーも、生前には「この人たちの音楽は僕の好みじゃない」と、それほど熱心には聴かなかったのだが、今になってみるとほんとにもったいなかったと思う。「好みじゃない」という態度は、ある種の演奏至上主義の表れである。作曲家の書いた楽譜がさまざまに解釈され、大きく、あるいは微妙に異なる演奏となって現れることに若い頃の僕は我慢がならないところがあった。あれは何故だろう。

クライバーの棒の美しさは万人が認めるもの。おそらく、“見る指揮者”として、これ以上の人はいないはずだが、久しぶりにその映像を見ると、棒を動かさない時間の彼の雄弁さに目を瞠らされる。演奏の間、この人の口元は多くの時間不気味にほほえんでいるが、眼はつねに音を追っている。音楽が進んでいるのに、棒が動かない。そのときのクライバーの眼は雄弁なバトン以上にあちこちの楽員を追い、とても怖い。ああいう人の下で演奏するのは楽しいのか、そうではないのか。団員に訊けば両方の感想が出てきそうな気がする。