湯布院の時間

高崎山を後にして、小野さんに湯布院へと連れて行ってもらった。盆地とは聞いていたが、大分・別府方面から行くのにつづら折りの道を上り、峠を越さなければ到達できない。本当に盆を逆さまにしたような土地なのだ。そのことに妙に感銘を受けた。なぜ、こんな不便な土地に住まうことになったんだろう、というのが感銘の中身だろうか。自分でもまだよく分かっていないのだが、もっと単純に山を越えなければ入れない土地という地勢に純粋な驚きを覚えたという方が正しい。

レガシーが高度を上げるに従って周囲は霧の海となる。湯布院で観光するような日ではないのだ。植生が変化し、高山特有の背の低い灌木や笹原を走り始めると、天気のよい日に来たかったという思いが募る。

霧を抜け出し、高度を下げ始めるといつの間にか街が目の前にあった。湯布院と聞くと、僕などは田園風景に近い様子を想像するのだが、これはむしろ案の定というべきか、街はおしゃれな小売店で埋まり、関東で言えば軽井沢である。久しぶりにおしゃれな街に来たという感慨を覚えた。

銀鱗湖にかかる橋の上で大分一のいい男を撮った。



湯布院に来たのは、小野さんご推薦の蕎麦屋でお昼をとるためで、案内してもらった「温川」の十割そばを堪能した。つるつるとお腹におさまっていき、いくらでも食べていられそう。







おそばはおいしかったが、そのおいしさは素材のおいしさやお店の腕だけが理由じゃない。なんといっても日常を離れた、つかの間の旅の一日、そして「ぜひ」と案内していただいた小野さんの心遣い、楽しい会話。言うまでもないのだけれど、それらがないまぜになったおいしさである。感動しないほうがどうかしている。小野さんは、まめに写真を「はてな」にアップする。



おそばに舌鼓を打ったのち、小高い丘の上にある温泉に入って、ときに頭上から落ちてくる雨を浴びながら体を温めた。温泉宿の、湯船に向かう下り坂。周囲の木々が言いようもなくきれいで、情動を静かに刺激してくれる。



小野さんは、ここでも写真をアップし続けた。



湯布院の短い滞在のあいだ、二人で尽きぬ会話を続けた。どんよりとした雲の下、湯布院は静かに佇み、ゆったりと濃い時間の記憶が体の中に残った。