何故「がんばれ、はてな」か

つい先日、とある都内の酒場でCさんと飲んだ。Cさんはエンジニアではないが、IT業界の人で、このブログも時々読んでくれている。酒に酔いながらの会話なので、ぼんやりとしか覚えていないのだけれど、だいたい次のような展開となった。

Cさん「この前、はてなにグーグルにいた人が役員できたニュースがあったときに、はてなアメリカに進出するんじゃないかって書いてたでしょう。あれは明らかにミスリードじゃない。グーグルの人を呼んできたというのはシリコンバレーで人を捉まえるのに役に立つとか、あちらの技術を日本に持っていくときに便利だとか、一緒に日本でのサービスを考えるとか、そういうことでしょう」

http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20070315


僕「Cさんの言うとおりかもしれないですけど、あれはねえ願望なんですよ、一種の」

Cさん「どういうこと? 願望というのははてなアメリカでビジネスをするということが?」

僕「そう。はてなアメリカでちゃんと資金調達して、一発当てて、世界企業になったらいいなって、そう思うんで、それでああいう書き方になったんです」

Cさん「なんで世界進出なの?」

僕「僕ね、前の会社にいたときに半年だけISPの仕事に関わったんですよ。ISP事業者にサービスを卸売りする仕事だったんだけど、その事業がうまくいっていなくて、撤退かてこ入れかを考える必要があるってんで、それに関わったんです。しかるべきサービスを追加する場合の損益分岐点を考えたり、ネットワーク機器や通信サービスの値段を調べて、エンジニアがここはストレージがこうあるべき、これくらいの品質が必要みたいな話を聞きながらサービスのアウトラインを描いていくと誰でも分かるの、規模がものを言うって。事業を黒にするためにこんだけ投資したとして、その時には大手はもっともっと信頼性が高かったり、魅力的なサービスを提供しているとすると差は開くばっかりだって」

Cさん「そりゃ、そうだろうな」

僕「はてなだっておそらく楽じゃないはずだから、ぜひ一発逆転を狙って欲しいなって思うのね。だとすると、ちまちまと日本で商売していても埒があかないでしょう」

Cさん「どうして、はてなにそういう風に心情的に肩入れするわけ?」

僕「少し前に梅田望夫さんが東京でやったトークショーはてなの近藤さんの話題が出ていたんですよ。近藤さんという人は儲けは二の次で、技術者として新しいことをするのがモーチベーションではてなをやっているという話があって、それも近藤さんという人は若いのにすごく頑固なところがあって、事業拡大の話に安易には首を縦に振らないというのね。なんだかそういうのいいなあと思ってね」

http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20060903/p1


Cさん「だとすると、近藤さんがアメリカでそれこそ安易に事業を始めるなんてことはないんじゃない。それとも、あっちで自分たちがどれぐらい出来るか試したいといった強い思いみたいのはあるのかなあ。メジャーリーグ挑戦みたいだな」

僕「その辺りはまったく分からない。だから、あっちではてなは事業して成功したらいいなっていうのは僕の勝手な空想」

Cさん「若者のやる気を感じるのは気持ちいいよね」

僕「そう。それもそうだし、アメリカではなてが成功して会社が大きくなるとするでしょう。そうすれば日本のビジネスも大きくできるじゃない。極端に言えばですよ、グーグルみたいにはてなが大きな企業になる訳。そういうのいいなぁと思うのね」

Cさん「なんで?」

僕「僕ね、生まれて初めて大企業に勤めてみて、まいったなと思う部分があるのよ。何かって言うと、大企業で雇用とがんばる価値がある仕事をもらってハッピーになっている人がたくさんいるわけ。分かるでしょ」

Cさん「たくさんいるかどうかは疑問ですけどね」

僕「まあ、その辺りは言葉の綾でしてね。今、梅田さんがブログで若い人に向けて“好きなことを見つけてがんばれ”って盛んにアジっているんだけど知ってます?」

Cさん「いや、読んでない」

僕「要は企業に勤めるばかりが道じゃないよ、もっと自分を大事するしなやかな生き方もあるよ、って言うわけですよ」

Cさん「昔からある話ではあるよね」

僕「まぁそう言ってしまえばそうなんだけど、梅田さんのメッセージに対してものすごい数のブックマークやコメントがついているのね。若者たちが本気で感激しているのがよく分かる。ちょっと感動的」

Cさん「そうなんだ」

僕「それ自体いい話なんだけど、でもね、実はむしろ僕が言いたいのは、梅田さんのアジテーションで最終的に救われるのは間違いなく一部のエリートの子たちなんですよ。これって庄司薫の薫くんシリーズの世界だと思うんです。Cさん、庄司薫読みました?」

Cさん「読んでない」

僕「じゃ、その話は置いておくとして、何を言いたいかというと、チャレンジして失敗しても二十歳を過ぎたら自己責任ですからね。僕は自分がどちらかというとそれできつい思いをしてきた口だと思っているので、結果的にうまくいかない子たちがかわいそうと考えちゃう。そこで、やっぱり企業がしっかりして働きがいのある職場を用意してあげることが社会としてもっともハッピー、健全だと思うんですよ」

Cさん「中山さんからそんな話を聞くとは思わなかったねえ」

僕「それはさておくとして、でもね、大企業だろうが中小企業だろうが、梅田さんのメッセージに反応するような若者の受け皿になるかというと、今のままだと限界があると思うんですよ。だからね、はてなみたいな企業が大きくなって、近藤さんみたいにしっかりと時代の空気を分かる経営者の下でさ、千人の社員が仕事をするという風になればいいなあと思うわけです」

Cさん「気持ちは分かるね。今のところ夢物語だけどね」

僕「日本の場合、お金を稼いでいる企業ランキングを作ると二十年前から顔ぶれが変わらない。ところがアメリカはこの二十年だか三十年で新興企業がのしてきてがらっと変わっているという話があるでしょう。DELLだとか、マイクロソフトインテルだとか、グーグルだとかが今や稼ぎ頭。そうやって社会の新陳代謝が企業の勃興によって確保されているという面もあるんじゃないかと思います」

Cさん「そういうのを近藤さんみたいなベンチャーの人ががんばってやってくれたら、ってことね」

僕「夢ですけど、そういう夢物語を託す相手として近藤さんっていい感じだと思いません? 逆説的だけど、企業を大きくすることを最初に考えちゃう人だと駄目だと思うのね。ホリエモンって全然魅力ないなあとぼんやり思っていたんだけど、何故かなあと考えると、彼って従業員を簡単に切り捨てているでしょう。1年、2年でみんな辞めちゃうっていう報道を読むと何だか違うなと。企業価値上げて株買った庶民を喜ばせるよりも、意気に感じて働ける職場を作る方が今の日本にとって意義は大きいじゃないかと思いますね。

近藤さんの会社は従業員20人、30人ぐらいの規模かもしれないけど、そういう特別な生き甲斐みたいなものを社員に与えているとすればすごい。そういう会社が大きくなったらいいなと思うんですよ。ムシのいい話ですけど」

Cさん「そういう意味では大企業が変わるのも重要だよ。僕のところも若い人がいろいろとがんばっているし、それを今の経営陣はけっこう後押ししている。そういう地道な努力が大事だと思う」

僕「時間かかりますね」

Cさん「そう思うね」

こうして有楽町の夜は更けていった。